救出
屋根に障壁を寄せたハルカは、仲間たちと共にそっと屋根の上へ降り立った。
障壁は屋根の上で止めたまま、庭側に向けて矢狭間のような穴をあけて、侍たちを待機させる。
いざ乱戦となれば素早く庭へ飛び出して、上から弓矢で援護をもらう予定だ。
レジーナとアルベルトが武器を大きく振りかぶり、一斉に振り下ろす。
ドッと破砕音が響いて空いた大穴の中に、ハルカを先頭に全員が飛び降りていく。
部屋は和室。
畳が敷き詰められた十二畳ほどの床があり、床の間に達筆な掛け軸。
あちこちに豪勢な装飾が施されていることがなんとなくわかるが、それよりなにより、しゃんと伸びる細い背中が一つ。正座をして文机へ向かっていた。
部屋の中は僅かにそれだけ。
生活感のないその風景に、ハルカたちは即座にマグナスがここにいないことを悟った。
その細い背中はハルカたちのことを無視して筆を動かしていた。
「何事だ!?」
細い背中は、声と共に飛び込んできた鬼の戦士に反応したかのように、ぴたりと筆を止める。鬼たちは金棒を片手に部屋へ飛び込んでこようとするが、不可視の壁に阻まれてはじき返され目を白黒させた。
「腕輪してるです!」
「私が行きます!」
モンタナが老人を指差し鋭く声を上げたのに対し、即座に反応したのはハルカだった。
障壁を張って突入を阻んだハルカは、部屋の隅にいる老人の下へ駆けていく。
筆をそっと置いた老人は、左手元に置いてあった刀に手をかけると、細い体からは想像がつかないほど身軽に、僅かに飛び上がるように片膝をたてながら振り返り、流れるような居合一閃をハルカに向けて叩き込んだ。
ハルカは咄嗟にかたい障壁をはったけれど、刀は半ばまでめり込んでハルカの首元まで触れる。ただその一撃は、当然のごとくハルカの皮膚を傷つけるには至らなかった。
ハルカは身に迫る危険を感じながらも目を閉じることなく、老人の左腕にはまっている似合わぬ腕輪だけをじっと見つめていた。
刀が引かれて今度は大上段に二撃目。
ハルカも対抗すべく、最初よりも分厚い障壁を展開した。
思ったよりもずいぶん手前に見えない衝撃があったせいか、さしもの達人らしき老人の体もぐらりと傾いだ。
そこでハルカは腕を伸ばし老人の手首に手をかける。
ハルカは腕輪に指をひっかけると、老人の体ごと手元まで引き寄せる。
倒れてくる老人を体で受け止め、ハルカは両手で腕輪に力を籠め、無理やりに引きちぎる。指をかけた瞬間、チリッと嫌な感覚がこめかみに走り、確かにこれがいつかの腕輪と同一のものであるとハルカは悟った。
鬼たちが障壁を叩いている。
「ハルカ、大丈夫か!?」
「大丈夫です! 腕輪外しました!」
アルベルトたちは鬼たちに向き合って構えている。
このわずかな間に息を合わせることにしたらしい鬼たちの攻撃が、障壁を大きくたわませている。次の一撃できっと障壁は破られることだろう。
ハルカはさっと手を上げて拳をぐっと握る。
障壁を消す合図であった。
何が起こったかわからず周囲を観察していた老人は、はっと気づいたようにハルカから離れて刀をパチンと素早く鞘に納める。
老人が何か言葉を発する前に、ハルカは声をかける。
「茂木さんですね? 行成さんと一緒にマグナスを倒しに来ました」
「行成様が生きておるのか!?」
「はい。腕輪は外しました。状況はわかっていますか?」
「朧気ではあるが……!」
答えた瞬間、皺だらけの老人の表情は憤怒と悔恨に満ち溢れ、口からは唸るような声が漏れ出す。
「状況を把握するため一度上へ!」
「な、なにを!?」
ハルカは茂木老人を抱き上げ、そのまま大穴の方へと戻っていく。
正面では急に障壁がなくなり勢い余ってたたらを踏んだ鬼二人に、アルベルトとレジーナが見事な一撃を決めて床に沈めたところだった。
部屋の入り口が狭く、天井も〈神龍国朧〉の人間に向けて設計された高さであるものだから、鬼たちはどうしたって頭が突っかかるようで、中へ入るのにまごついている。
ハルカが老人を上へと運んで障壁の中へ降り立った瞬間、行成が大きな声をあげる。
「茂木の爺!」
「行成様……、本当に行成様でござる……! 情けなき姿をさらしました、今すぐ腹を切って詫びを!」
「それどころじゃない! 爺も弓を取ってハルカ殿たちの援護を!」
「そ、それどころ……?」
「話はあとでいくらでも聞く! まずは〈北禅国〉を取り戻すのだ!」
何やら感動のやり取りがなされている間に、ハルカは再び部屋へと飛び降りることにした。
そこへ茂木が後ろから声をかけてくる。
「耳長の女よ! オオロウが隣に控えておる! 気をつけよ!!」
声を聞いた直後、酷い破砕音がした。階下を見れば床の間があったであろう壁と柱の全てが崩れ、土ぼこりが部屋中に舞っている。
部屋がみしりと音を立てた。
「外へ!」
床に落ちていた金棒を拾ったイーストンは、目を赤く爛々と輝かせて、力任せに背中側の壁にたたきつけて大穴をあける。
真っ先に飛び込んだモンタナに続き、アルベルトとレジーナも脱出しようとしたところに、煙の中から飛び出してきた金棒の一撃が襲い掛かる。イーストンは苦々しい表情を浮かべながらも、対抗して思いきり金棒を振り抜いた。
嫌な音がして、イーストンの持っている金棒がへし折れ、はじき飛び、直後部屋の中に嵐のような風が吹き荒れる。
風は勢いを増し竜巻となり、部屋を完全に破壊しながら鬼たちの方へと抜けて庭をぐしゃぐしゃにしながらどこぞへと去っていった。
「無茶苦茶だよ、もう!」
イーストンが手にしびれを覚えながらも部屋から撤退した。
部屋を一瞬にしてめちゃくちゃにした主は、それを急いで追いかけるでもなく、悠々と壊れた家の中で仁王立ちし続けていた。





