最終確認
翁によれば見張りは二人だけらしい。
ニノツギ翁の号令により、集落にいる他の老人たちも協力してくれるということになり、みるまに侍たちの弓と矢の数が揃っていく。
長年北城家に特別な扱いを受けてやってきた弓師の老人たちは、今の体制には納得していなかったのだ。
逆に若い弓師たちは、自分たちの生活もある。
家族を養うためにも、上の命令に真っ向から逆らうわけにはいかなかった。
時には集落までやってきて、これ以上逆らわないでくれと言ってくることすらあったらしい。
事情を理解することはできるが、老い先短い老人たちにとってはそれが悔しくて仕方なかったのだとか。
弓矢が揃い、行成が現状を説明するまでで小一時間。
当初の予定通りの時間ですべてを終わらせて、ハルカたちは再び空を飛んで移動することになった。
マグナスが拠点としているのは、おそらく北城家の城。
普通に考えればハルカたちがこんなにもすぐに〈北禅国〉にやってくるはずがないから、頭の片隅に意識してはいても、防衛力の高い城を使わない理由はないはずだ。
寝静まるほどの時間ではないけれど、人を動かすには絶妙に難しい夜の時間。
ハルカは北城家の城へ到着すると、まず初めにぐるりとその周囲を回って地形を確認し、上空から周囲を障壁で囲い込んだ。
そうして再び上空へ戻り全体を観察する。
「おそらくマグナスがいる可能性が一番高いのはあの区域。もともと父上が利用していた場所です」
足元を透明にして覗き込めば、その辺りには薄明かりがともっており、鬼たちが巡回しているのが分かる。意味もなくそれほどに警備をしたりはしないだろう。
「囮ってことはないかな?」
「まだ侵入が気づかれていない。常日頃から囮の部屋を作ったりするか……?」
イーストンの懸念に、大門が顎に手を当てて意見する。
マグナスは慎重な男であるが、そもそも行成たちがハルカと出逢ったことは偶然だ。ハルカたちと出逢っていない限り、これ程早い帰還はあり得ない。
囮を準備している可能性は非常に低いだろう。
「あの中庭辺りならばれることなく降りられそうですね」
少し離れた場所に池があり、茂みが生い茂っている。
全員で下りられる広い場所は限られているから、最初からばれる前提で行くか、少しでも隠密行動をして敵の数を減らすかは選ばなければいけない。
「……鬼たちも好きで奴を守っているわけではありません。ハルカさんの魔法で怪我無く制圧できるのならばその方が」
鬼たちの事情を自分たちにも重ねているのだろう。
行成が難しい顔をして進言する。
その考え方は、ハルカにもまた共通するものがあった。
上空からでは屋根で見えない部分も多くある。
静かに確実に、できるだけ多くの数を同時に制圧するのだとすれば、一度地面に降りたほうがいい。
「……屋根ぶっ壊して直接部屋入ればよくね?」
アルベルトが真下を指さしてぼそっと呟く。
乱暴な手段だ。
というか人の家だし、とかハルカの頭の中でぐるぐると考えは巡ったが、同時にどうしてそんなことを思いつかなかったのだろうという驚きもあった。
「それでいいだろ」
レジーナが同意したのに背中を押されて、ハルカも頷く。
「確かに……、その通りですね」
「そですね」
「アル、冴えてるじゃん」
仲間が次々と同意していく中、イーストンだけが苦笑して一言注意をする。
「その場合、中にマグナスがいなかったら、敵に囲まれることになるけど。乱戦になるからハルカさんの魔法で何とかするのも難しくなるかもしれないよ?」
「でも上手くいけば一発で済むぞ」
「冒険者って感じの決断だから、僕も否定するわけじゃないけどね」
二人の言うことはどちらも利があった。
ハルカはしばし頭を悩ませてから決断をする。
「乗り込みましょう。もしひっそりと行動したとしても、鬼の人たちを溺れさせることになります。もし中にマグナスがいなかったとしても、その時は制圧に移行すればいいだけです。自分の命を一番大事に。でもできる限り相手の命は奪わぬようお願いします。反対意見があればどうぞ。なければそのつもりで作戦を立てます」
ハルカはぐるりと仲間を見回してみるが、誰も手を挙げて反対する者はいなかった。
侍たちからすれば、ハルカたちを現場に送り込むのが一番上手くいく可能性が高いことが分かっている。悔しいやら情けないやらの気持ちはあるが、なによりも優先してマグナスを仕留め〈北禅国〉を奪還することが大事だ。
死にたがりたちも多くいた中、侍たちにその気持ちをはっきりと植え付けたのは、出発前の行成の当主としての説得であった。
『私には力がない。〈北禅国〉は世界から見れば、随分と小さな国であった。ハルカ殿がいなければ、ディセント王国の女王どころか、その中の貴族当主にすらまともに話を聞いてもらえなかったであろう。私は悔しかった。情けなかった。しかし、己の未熟さも知った。……改めて頼む。こんな未熟な私であるが、共に故郷を取り戻してもらえないだろうか』
行成の問いかけに、侍たちは当然是と答えた。
『感謝する。……私のいう故郷とは、お前たち全員と共にいる〈北禅国〉だ。決して死に急ぐな。命を懸けるなと言っているのではない。恥も外聞も気にせず、必ず国を取り戻すことだけに専念するのだ。それが、命の恩人であり、本来ありえなかった未来を見せてくれた、ハルカ殿に対する恩返しである』
すぐには声が上がらなかったけれど、ぽつりぽつりと侍たちはそれに応える。
あるものは〈ノーマーシー〉で心癒されたコボルトたちのことを思い出しながら。
あるものは悩んでいる時に、ぶしつけな口調ながらも「死んで何になる」と話した元吸血鬼のことを思い出しながら。
あるものは武人として遥か高みにいる豪快なリザードマンのことを思い出しながら。
それぞれが生きることの大切さを考えた。
だからこそ侍たちは今、悔しく情けなくとも、最善の選択をすることができるのであった。





