上陸直前
「お前らの戦い方教えてくれよ。向こうで戦士と戦うかもしれねぇんだろ」
「む……、確かにそうだな。よし、やるか!」
話が終わったところで、アルベルトが訓練を申し出ると、鬼たちは都合よくそれを聞き入れてくれた。なにせ自分たちの仲間や子供たちの命がかかっているのだから、出し渋ってはいられない。
こんな風にあっさりと相手を信じて協力してしまう部分だけを見れば、確かに鬼たちは温厚であるのかもしれなかった。
夜の間少しばかり訓練をして休み、翌日明るくなってからは侍たちも含めて鬼たちの戦い方を学ぶ。
基本的には丈夫な体と怪力を活かして力比べをしに行くような戦い方なのだが、これがまた実際に対面してみるとなかなかに厄介だ。
身体強化を一定レベル以上に鍛えているアルベルトたちであれば、正面からぶつかり合うことができるのだが、侍たちにとっては一撃でも貰えば命に関わるような戦いだ。
侍たちはそれを恐れていないようだが、逆にハルカからすればできるだけ犠牲はないまま作戦を完遂したい。前線の維持はできるだけこちらに任せてほしいという話をしたところ、侍たちはかなり渋い顔で俯いてしまった。
行成や大門も状況が分からないわけではないから反論もできない。
「私たちの問題であるのに、そちらにばかり負担をかけているのがどうにも心苦しい……。せめて弓師の里で弓さえ手に入れば……!」
「そうでござる。弓さえ、弓さえあれば……!」
そもそも〈北禅国〉の侍たちが得意とするのは、刀を使った白兵戦ではなく、弓を使った遠距離での戦いである。ハルカがいれば敵側からの攻撃は障壁で防ぐことができるが、こちらが暗闇に乗じて奇襲をかける場合、弓での攻撃は相当なアドバンテージになりうる。
一応拠点にいる間に大陸の弓は試してみたのだが、どうもこちらの物とはずいぶんと勝手が違うようであり、それを使うくらいならばまだ白兵戦の方が、という感じらしい。
第一に弓師の里へ向かうのには、そんな理由もあったのだ。
作戦としても理想的な話をするのならば、遠くからマグナスを仕留めてしまうのが一番手っ取り早い。侍たちの弓の腕には、ハルカとしても期待を寄せているところだった。
であればこそなおのこと、鬼と遭遇してしまった場合の戦いは前衛に任せるべきだ。それが役割分担というものである。約一名魔法使いなのに最前列に立つ者はいるのだが、それは例外だ。
なんにしても、ここに立ち寄ったことであらかじめ敵側に鬼がいることが分かったのは僥倖であった。何も知らぬまま上陸していれば、現場で鬼の戦士たちの丈夫さや力強さを初めて味わうことになっていたところだ。
訓練を早めに切り上げて腹ごしらえ。
軽く昼寝をしてから目を覚ませば、空がグラデーションがかって中天に向けて少しずつ暗くなっていく時間。
出発の時だった。
いつの間にか鬼たちとすっかり仲良くなっていたアルベルトは、最後に一言「頼んだ」と言われ「おう!」と元気よく答えていた。
ハルカたちは障壁に乗って〈北禅国〉へと向かう。
ここからの案内は大門。
トロウドとユーリは常にハルカの障壁の中で匿われているような形になる。
真剣な顔をして話し合うハルカたちの背中を見ながら、トロウドが隣にいるユーリに話しかける。
「お前さ、なかなか贅沢だよな」
ユーリは黙ってトロウドを見上げる。
トロウドは別にユーリを責めるために言葉を吐いたわけではないようだ。
実に楽しそうに流れていく景色を見ていた。
「その年であんな凄い人たちとあちこちに出かけられるんだ。他の誰にもできない経験だぜ。羨ましいったらない」
言葉の意図を理解したユーリはにっこりと笑う。
「うん、そうでしょ」
「お、生意気だな。怖くないのか?」
「うん。ママ、強いから」
「そうかそうか。確かにな、めっちゃ丈夫だもんな、お前のママ」
正直ハルカが鬼と真正面から向き合ったとき、トロウドは思わず『こりゃいかん』と目をつぶってしまった。しかし驚いていたのは侍と自分ばかりで、他の面々は当たり前のようにあり得ない光景を見つめている。
ハルカを知っている者からすれば、あれは当然の光景でしかないのだ。
トロウドは背中にぞくぞくとしたなにかが走った。
まったく知らない海を見た時と同じような感覚だ。
こりゃあ面白い、とトロウドの心がかってに躍りだしていた。
「バルバロの大将には悪いが、俺はこれが終わっても戻らないぞ。あの人の近くにいたほうがきっと面白いことが起こるはずだ」
「ママはあげないよ」
「……そういうのじゃねぇんだよなぁ。子供にはまだこの気持ちはわからねぇか」
ユーリは呆れた顔をするトロウドを見てくすりと笑った。
なんとなくわかるけど、ちょっと警告しておいただけだ。
トロウドは他の冒険者たちと似た雰囲気を持っていて、子供であるユーリにも気安く接してくれるので話しやすかった。
まもなくハルカたちを乗せた障壁は〈北禅国〉の上空に差し掛かる。
三日月にうすぼんやりと照らされた島は広く、豊かな自然に恵まれているのがわかった。
漁港に軍港。村に畑。小高い山の上にはいくつかの屋敷や城が築かれていて、島内が荒らされずに運営されていることが分かった。
乗っ取ってしばらくたつが、力を落とすことなく島を運営しているらしいマグナスの手腕は、敵ながら確かなものである。
大門の案内に従って、ハルカたちは深い森の方へと向かっていく。
人里から離れた場所にひっそりと現れる村。
それが、〈北禅国〉の強さを支える北禅弓を作る、弓師たちの村であった。





