丈夫な大将
「……〈北禅国〉へ乗り込むなら、大将たちが敵側にいるはずだ」
「そういう事情があるならば、できることなら相手をしたくないですね」
「いや、存分にやってくれ」
「はい?」
「あんな不本意なやり方で連れてかれたのは許せねぇが、戦って死ぬなら大将たちも本望だろう。あんたらも精々殺されないように気を付けてくれ」
ハルカたちは鬼族は温厚な種族と聞いてやってきたのだが、とてもそうとは思えない発言が飛び出してきた。
「……あなたたちは【神龍国朧】の争いに嫌気がさして島で暮らしていると聞いていたのですが?」
「儂らが嫌なのは、くだらない欲望のために戦うことだ。正々堂々正面から戦うことは大好きだ。強い奴だって大好きだ。だから儂らは大将たち戦士を尊敬しているし、あんたたちのことだって尊敬する」
聞いていた話とは違う。
確かに温厚であるし、策略陰謀なんでもござれの戦場は嫌うようだが、見た目の通り戦闘民族であることには変わりないようだった。
いっそ清々しくあるので、付き合い自体は難しくないのだろうけれど。
「しかし痺れたぜなぁ。こんなかじゃあ一番の力自慢の俺がこんな小さい女子にぶっ飛ばされるとはなぁ。なぁ、お前俺のところに嫁にこんか」
「殺すぞ雑魚が」
レジーナに酷い怪我をさせられた鬼も、すっかり元気になってついでにレジーナに妙なことを申し出ている。剣呑な目つきになったレジーナが即座に否定したが、その鬼は「そうだよなぁ」と言って豪快に笑っただけだった。
即座に手が出なかっただけレジーナも我慢強くなったものだ。
「まあ技術はともかく力だけなら、俺も戦士たちに劣りゃせん。戦うならば参考にしてくれ」
「うるせぇ、負け犬は黙ってろ」
「こりゃ厳しい」
酷い言葉を投げかけられているのに、その鬼は楽しそうにまた笑った。
「随分と協力的だよねー、何か言いたいことがあるんじゃない?」
穏やかな空気になり始めたところで、コリンが話を戻す。
いくら負けたとはいえ、これから同族と戦う可能性のあるハルカたちに助言までしてくるのはどう考えたっておかしい。
というか、コリンには鬼たちが何を言いたがっているかもなんとなく想像がついていた。
「……いやなに、すまんがもしあんたらが上手くやったら、何とか子供たちだけでも助けてもらえんだろうか。勝手な頼みだとは思うんだが……」
「そりゃ普通そうするだろ」
アルベルトがさらりと答える。
もし人質を殺す、みたいなどうしようもない展開になれば定かではないが、基本的にはやむを得ず戦った相手の子供だから憎い、なんてことにはならない。
「ほ、本当にいいのか?」
しかし【神龍国朧】の文化を知っている鬼たちからすれば、これはとんでもなく寛大な返答であった。負ければ従う。手元に交渉材料があれば利用する。
昔の北城家であっても、もしかしたら同じように鬼たちを利用しようとしたことだろう。
しかし、エニシと出逢い、考えに感化された行連であればそうはしなかったはずだ。そして、その行連に育てられた行成も、甘いと言われても同様にそんな無体な利用の仕方はしない。
そもそも今回はハルカたちがいるからこそ、鬼たちに対処できているのだ。
まずは〈北禅国〉を取り戻す。
行成はそれ以外の寄り道は全て見ないでまっすぐに進んでいくつもりだ。
だからここの交渉は、全てハルカたちに任せるつもりであった。
なんならば、ハルカたちが近場に縁を作ってくれればそれだけでも行成からすれば嬉しいことである。
「そうですねぇ……。できれば利用されている他の方々も何とかしてあげたいところですが……」
「それは、無理にとは言わねぇ。戦士たちは強い。特に大将のオオロウは、俺たちと戦士が束になってもかなわねぇんだ。でかくて力があって丈夫で強い。代々伝わる金棒の〈ダイアラスネ〉は、オオロウが振り抜くと砂を巻き上げ竜巻を起こす。負けた儂らが言うことじゃねぇが、半端な覚悟で前に立つ相手じゃねぇ。殺されちまうぞ」
「そんなにつええの?」
「強い」
「あたしよりか」
「強い」
アルベルトの質問にも、レジーナの質問にも、鬼たちは真剣な顔で頷いた。
二人だって今の戦いに全力を注いだわけではないが、それにしたって確信を込めて迷いなく答えられるほどに、そのオオロウという鬼の実力は飛びぬけているのだろう。
鬼たちの言うことが本当であるとするならば、その実力は特級に踏み込んでいるとみて間違いなさそうだ。
「厄介な相手が出てきたものだね」
「……できれば避けたほうが良さそうです」
今回の目的はあくまでマグナスの討伐と〈北禅国〉の奪還だ。
戦いたくてうずうずしている二人はともかく、モンタナは冷静な判断を下す。
強い相手と戦ってみたいといっても、時と場合がある。
「もし遭遇した場合は、腕輪の破壊に専念します。最悪腕を落としてでも動きを止めましょう。あとで治せばいい話ですから」
ハルカは言葉にして覚悟を決めるが、そこに鬼が注意をしてくる。
「一応だが、オオロウの大将は、侍共に刀で切りつけられても傷一つつかない程丈夫だ。俺たちが全力で殴ったってその場でけろりとしてるんだからな。まるでさっきのあんたみたいにだ」
それはまた、何とも厄介な情報だった。
今回は腕輪さえ何とかすればいいのでまだ可能性はあるが、マグナスもまた、なかなかに大層な切り札を用意してきたようであった。