マグナスの準備
ハルカは迫る金棒を目視しつつ、通り抜けた鬼を囲うように障壁を発動する。
鬼たちの武器は全て打撃に偏ったものであるようなので、生み出した壁は弾力のある分厚いものだ。
体に衝撃が走り、足が砂浜に少しばかり沈み込む。
ハルカは金棒を掴んで動きを止めてから、続けて視界に入っている鬼たちを個別に障壁で囲いこんでいく。
「何かあったようですが、私たちは明日にはここを出ていきます。話をしましょう」
鬼は両手で金棒を握り、全力でハルカから取り返そうとする。
力はあるけれどどうしたって質量の問題で体が持ち上がってしまうので、障壁で補助しつつの抵抗だ。
「このっ……!」
金棒を放せば取れる手段なんていくらでもあるはずだが、鬼は顔を真っ赤にして力比べを続ける。ハルカほどの小さくか弱そうに見える女性に力比べで負けていることが信じられず、許せないのだろう。
それだけでこの鬼が戦いにそれほど慣れていないことが分かる。
逆に言えばそれは、彼らが元々備わっている力だけで侍たちからこの島を守れるほどに強い種族であることを示していた。
「警戒したままで構いません。少し話を聞かせてください。ここにいることが許せないのであれば私たちは出ていきますから」
力比べをしていた鬼はそれからもしばらく力比べに挑戦したのち、不意に周りが静かになったことに気がつき状況を確認した。
数人の倒れている仲間。
見えない壁に阻まれて動けなくなっている仲間。
「この……」
そしてもう一度全力で力比べをして、ぐっと唇を噛んでから、そっと金棒から手を離した。
「今度は何の用だ……」
鬼は怒っている時の表情も分かりやすかったが、気落ちしている時の表情も分かりやすい。力強く太い眉の尻が垂れ、目までが心なしか悲しそうに見える。
「今度も何も、私たちはついさっきここに来たばかりです。あなたたちに会うのも初めてですよ」
「……だがあいつらは〈北禅国〉の者だろう」
鬼たちが指差したのは行成たちだ。
「〈北禅国〉の者がここへきたのか……?」
「白々しい! 儂らの大将を操り、子供らをさらっていったではないか!!」
操るという言葉でハルカはぴんと来てしまった。
すでにこの島にはマグナスの手が及んでおり、行成の服に北城家の家紋がついていたばかりに、その仲間であると勘違いをされたのだ。
行成は眉を顰め鬼の下へ歩み寄ると、その場で深く頭を下げた。
「確かに、〈北禅国〉の者がここにきて無体を働いたのだろう。申し訳ない。北城家がしっかりと統治していればそんなことは起きなかった」
「お前は奴らとは別とでも言いたいのか?」
「誰がここへ来たのかは分からぬ。しかし、北城家は今、マグナスという男に支配されている。我らは今、その男から〈北禅国〉を取り戻すために、北の大陸から戻ってきたのだ」
「……では、お前たちを捕らえたところで、交渉にはならなかったということか」
「どうだろうか。喜んで受け取って処刑されていたかもしれないが」
鬼はその場に胡坐をかくと右手を上げて声を張り上げた。
「やめだ! こいつらは敵じゃあない! 武器を捨てろ!」
動ける者たちがそれぞれ金棒から手を離したところで、ハルカも全ての魔法を解除する。
「……魔法でけが人の治療ができます。遺恨を残したくありません」
「そうか、頼んだ」
鬼たちはぞろぞろと集まってきて、ハルカが治癒魔法を使うのを遠巻きにじっと見つめている。下手なことをすればという雰囲気は感じるが、逆に言えばきちんと対応すれば多少は話を聞いてもらえそうな雰囲気があった。
最初にレジーナにやられた鬼を治し、順々に他の鬼たちも治療していく。
とにかく体が丈夫なようで、それなりにダメージを受けているように見えた鬼たちも、いざ治癒魔法のために近寄ってみると、そこまで酷い怪我はしていないようだった。
治療を終えた鬼たちは順に砂浜に座り込んでいく。
侍たちもそれに倣うように対面に向かい合って座った。
ハルカがそこへ戻ると、行成が鬼たちに向けて問いかける。
「この島で何が起こったのか、教えてもらえないだろうか?」
「さっき話した通りだ。贈り物をもってやってきたから歓迎してやった。大将が贈り物の腕輪を手に通した途端、人が変わったように暴れ始めたんだ。大将は子供たちと島の戦士たちを連れて出て行っちまった」
「……もしかして君たちは、戦士ではないってこと?」
十分に丈夫で怪力の鬼たちだった。
確かに戦士というに猪突猛進すぎたが、その駆け引きのなさにハルカは意表を突かれた部分もある。
「儂らはまだ戦士として一人前と認められてねぇから島に残された」
「……連れていかれた鬼たちはもっと強いと」
「そうだ」
マグナスは、反乱を起こす前からこの島の鬼たちに目星をつけていたのだろう。
だからこそ政権を取ってすぐに行動を開始し、上手く騙して鬼の大将にあの腕輪をつけさせることに成功した。
贈り物と言われれば、気のいい鬼たちはすっかり信じてしまったのだろう。
腕っぷしには自信があるからこその油断もあったに違いない。
戦乱の【神龍国朧】の中にあって、少数精鋭で島を守り続けている鬼族。
そんなものを味方につければ頼もしいに決まっている。
あのマグナスが、鬼たちを味方にし得る道具を持っていて行動を起こさないはずがなかった。