島国の風
いざ南下をはじめてみると、地図には記載されていないようないくつかの島が海に浮かんでいることが分かる。時間によっては海に沈んでしまうような小さなものから、数十人くらいならば暮らせそうなものまである。
トロウドによれば、そういった島には半魚人であったり、人魚であったりが住んでいることが多いそうだ。
今回は寄り道をすることが目的ではないので、トロウドの案内で、先住民のいない中規模の島に泊る。潮の干満で沈むことはないが、人が長く暮らすには少々手狭なくらいの丁度良い島だ。
この辺りの海路上の島に関しては大体頭に入っているトロウドは、やはり優秀な航海士なのだろう。
特に問題が起きることもなく空を飛ぶこと三日目の夕暮れ時。
左前方にぼんやりと大きな陸地が見えてきた。
「あれが〈北禅国〉すね。もう少し進んだら西に逸れて、目的の島へ向かいましょ」
「わかりました。このまままっすぐ進んだ方が分かりやすいですか?」
「そっすね。あの山の尾根が真横に見えたあたりで曲がりましょ」
ハルカたちとトロウドがそんなやり取りをしている間も、侍たちは〈北禅国〉の方をじっと見つめている。目を潤ませている者もいれば、こぶしを握り戦意を高めている者もいた。
まだ丸一日休んでからの出発となるので、今から気合いを入れても疲れてしまうだけなのだが、ハルカたちは侍たちに声をかけることをしなかった。
逆に言えばこれから一日は休む時間があるのだ。
存分に感情に浸っていたっていい。
明日になれば嫌でも闇にまぎれての上陸の予定なのだから、ここで感情の整理をしっかりしてもらった方がことはうまく運ぶのかもしれない。
太陽が沈み切った後、ようやく目的の島に到着した。
確かに夜に〈北禅国〉へ向かうための距離としては丁度いい位置にある。
ここに軍港を築くことができれば、敵国は動きを察知するのが難しくなるだろう。
各国が鬼たちへ戦を仕掛けた理由もわかる。
島はこの辺りにあるものの中では特に大きく、千人程が優に暮らせそうな規模であった。
ハルカは島の中心部ではなく、浜辺の方にゆっくりと着陸した。
浜にはいくつかの小舟があげられており、鬼たちが漁業を営んでいることが分かる。
鬼が暮らす島に勝手に上陸している手前、好き勝手に煮炊きすることなどは避けようと、一晩休む場所だけを早々に選定し、持ってきている携帯食をかじる。
食事を終えれば後は休むだけだ。
とはいえ、明日の夜に出発であるからあまり早く休んだところで、出発の頃に眠たくなってしまっては困る。アルベルトたちはいつも通り訓練をしていて、モンタナはハルカの出した光の玉の下で静かに手作業。
「ハルカさん、すみませんが砂に図を描いて明日の行軍をさらっておきたいのです。光を出していただけないでしょうか」
「あ、いいですよ」
行成に頼まれて適当な場所に光の玉を浮かせてやると、侍たちが集まって話し合いを始める。何度も行われた作戦会議だけれど、彼らも何かをしていないと落ち着かないのだろう。
行成が砂浜に棒で線を引いているのは一見遊んでいるようにも思えるが、囲む強面の侍たちが皆真剣な表情であるから、とても笑えるような雰囲気ではない。
手持無沙汰なハルカたちはそこから少し離れた砂浜に腰を下ろし、海を見ながらのんびりと話をしていた。
「明るかったら島の中の方もちょっと見てみたかったなー。変わった果物とか生ってそうじゃない?」
「どうでしょう? 季節的には実が生る時期とはずれている気がしますが」
北の方からやってきたハルカたちは厚着をしているから平気であるけれど、今はまだ春の盛りだ。もしかしたらこの島にも桜が咲いているのではないかと振り返ってみたハルカだが、暗いこともあってそれらしいものは見当たらない。
「そっかー……。それにしてもなんか、ちょっとこの辺りの空気ってぺとぺとするね」
「海が近いからでしょうか」
コリンが手の甲をさすりながら空を見上げる。
僅かに雲はかかっているが雨が降り出しそうなほどではない。
この辺りは単純に大陸と比べて湿度が高いのだろう。
そんなところもハルカがもといた国によく似ていた。
ハルカは【神龍国朧】に色々と思うところがある。
戦の続く恐ろしい国であることは確かだが、それ以上に文化がこの世界に来る前に住んでいた国の昔の姿に近いからだ。
聞けば聞くほど似通っているから、いつか平和に旅をできるのならばしてみたいとも考えていた。
そういった面でも、エニシには頑張ってもらいたいなぁというのが、ハルカの正直な感想である。
「……私、割と波が寄せては引く音が好きなんですよね。目を閉じて聞いていると、なんとなく気持ちが落ち着いてきます」
「ふーん……」
ハルカの言葉にコリンが目を閉じてしばし波の音を聞く。
反対側を見れば、ユーリとイーストンまで同じように目を閉じていた。
しばらくその音に耳を傾けて静かにしていると、コリンがぽつりとつぶやく。
「んー……、私はちょっと怖いかも」
「そうですか?」
「うん。なんかどっか連れてかれそうな感じがして」
「僕はわりと好きかな。島で育ったし」
「僕も、好きかも」
コリンに対してイーストンとユーリは肯定的。
男女の感覚の違いなのか、それとも島国の生まれであるかどうかの違いか。
「えー、アルにも聞いてみようかなぁって、わぁ!」
コリンが振り返ってみると、すぐ近くまでモンタナが音もなく歩み寄ってきていた。砂浜だというのに大した隠密能力である。
「ど、どうしたのモン君。暗いところに立ってるからびっくりしたじゃん」
「……多分、少し離れた場所から誰かに見られてたです。今いないですから、報告して戻ってくるかもですよ。話をする準備しておいた方がいいです」
「あ、わかりました。きっとこの島の住人の方ですね。一応全員で固まって待っておくことにしましょうか」
勝手に砂浜を借りているのだ。
温厚と言われる人たちが相手とはいえ、しっかりと挨拶はしておくべきだろう。
ハルカたちは素振りをしているアルベルトたちにも声をかけて、行成たちが話し合いをしている場所に合流することにしたのであった。





