〈北禅国〉へ
基本的な作戦は島で夜まで待機して、闇に紛れて〈北禅国〉へ侵入。
館からは離れた山にある弓師たちの里へ向かい情報を収集。
マグナスの居住地を確認の上で強襲という流れだった。
「弓師の里というのがマグナスに押さえられてる可能性はあるよね」
「向こうについてるってこともあるんじゃね?」
イーストンとアルベルトが懸念点を伝えると、行成は頷いて答える。
「はい、もちろんあります。もし里に兵が置かれている場合は素早く襲撃して占拠します。弓師たちの里ですから、それ以外に守るべきものもないので、押さえられていたとしてもそれほど兵士を配備しているとは思えません。もし弓師があちらについている場合は……拘束して居場所を聞き出しましょう。長年重用してきたつもりですが、人質をとられてる可能性もあります。答えてもやむを得ない状況にするしかありませんね」
行成の見解としては、弓師と北城家のつながりは相当に強いものなのだろう。
人質がとられたりしていない限り、裏切っているという認識はないようだ。
「全員殺されてたらどうすんだ」
ぼそりとレジーナがこの作戦の弱点を呟くと、行成の表情はぎゅっと険しいものになって俯く。
「その時は、あたりをつけて屋敷を狙っていくしかないでしょう。弓師たち以上に頑固で信用できるものは島にいません。一晩のうちに決着をつけたいですから、他に聞きまわっている時間もありません」
「わかりました。ではそのつもりで、現場では臨機応変に行きましょうか」
それからハルカたちはいくつかの懸念点を話し合い、明日の朝に出発することを約束して、それぞれ英気を養うことになった。
折角だからとハルカは侍たちに巨人からもらった木の実の酒を手渡しておく。
ハルカたちはこれからも〈混沌領〉に来ることがあるだろうけれど、行成たちは成功すれば今後は〈北禅国〉で生きていくことになるのだ。侍たちの中には再び〈混沌領〉の地を踏まないものだっているだろう。
夕暮れ時から侍たちは敷地の端に集まって酒を飲みながらやぁやぁと騒ぎ出す。
ウルメアなんかはうるさそうに見ていたけれど、彼らにしてみれば命懸けの大戦の前だ。こんな日くらいは少し騒がしくしたって許されるだろう。
塔の中や外からコボルトたちが集まってきて、侍たちと一緒に楽しそうに短い手足を動かして騒いでいる。
この短い期間に育んだ友情もあったのだろう。
侍たちもコボルトたちを歓迎して一緒に声をあげたりしていた。
どこか耳に慣れたようで知らない歌を聞きながら、ハルカはユーリと共に早い時間に床に就き、明日の出発に備えることにしたのだった。
夜は騒いでいたのに、侍たちの朝は早かった。
びしっと身なりを整えた彼らは、昨晩コボルトたちと抱き合い涙していた赤ら顔のおじさんたちではなく、立派な侍の姿となっていた。
朝からそれなりの数のコボルトたちが集まってきていて、侍たちに対して口々に話しかけている。彼らがどこかへ出かけていくという話が、コボルトたちの中でも噂となっているのだろう。
「国を取り戻してくるでござるよ」
「そっかー、気を付けてね!」
気合いの入った侍の言葉は、なんとなくコボルトにも伝わるらしい。
ばらばらと激励の言葉を貰った侍の中には、ぐっと口をへの字にして涙をこらえるものもいた。
感動の別れであったが、コボルトたちは待っていれば無限にやってきては挨拶をしていく。なんなら二周目三周目だって平気で『頑張ってね』と言いに来ることだろう。
「そろそろ出発します。ヴィーチェさん、十日以内には帰ってくるつもりですが、あまり遅いようであれば、ナギに頼んで〈オランズ〉まで連れて帰ってもらって下さい」
「できるだけ待ってますわ。しばらくはラジェンダの様子も見ておきたいですし」
「わかりました。あまり遅くならないようにしますね」
「……ハルカさん」
「なんでしょうか?」
ヴィーチェが真剣な顔をしてハルカの名前を呼ぶ。
真面目な話かなとハルカが問い返すと、ヴィーチェは花が咲くようににっこりと笑った。
「今の新婚っぽくて良かったので、もう一度やりませんこと?」
「行ってきます」
最近真面目だったので少しばかり油断していた。
ハルカはふわりと障壁を浮かべて空へ飛び立っていく。
「お気をつけていってらっしゃいまし」
「……ありがとうございます、行ってきます」
ヴィーチェたちが、コボルトたちが、ニルとリザードマンの戦士たちが、エターニャが手を振ってハルカたちを見送った。ウルメアも一応空を見上げている。
ある程度の高さまで上がり徐々に速度を上げていく障壁に、侍たちが声を上げて動揺する。
海ではきっと、人魚たちが空を見上げて見送りに出てきてくれているんだろう。
振り返れば塔できらりと何かが光を反射している。
コボルトが遠眼鏡でハルカたちの姿を追いかけているのかもしれない。
「良い国でござった。まこと、皆優しく、良い国でござった」
特に感動屋である侍が、腕を組み、じっと塔の方を見ながらまぶたに涙を溜めながら呟く。すると周囲にいた侍たちも大きく頷いて「まことに」と同意した。
ハルカからすれば嬉しい限りである。
気の抜けた出発になってしまったけれど、作戦決行の日まではまだ少し時間がある。それなりに速度を出して移動するつもりであるが、鬼が住むという島に到着するのは三日後の予定だ。
「うおぅ、想像よりもはぇえ」
トロウドがぽつりと言ったのを聞いて、ハルカも確認を取る。
「方角は合っていますか?」
「ばっちりっすね。いや、こりゃあすげぇや」
侍たちとは違う意味で気分が高揚しているトロウドに笑いながら、ハルカはまっすぐ正面を見据えて、障壁の速度をさらに上げていくのだった。





