島の噂
ラジェンダのことが落ち着いたとなれば、今度は〈北禅国〉について本腰を入れなければならない。
ハルカは仲間たちに声をかけると、行成たちが集まっている場所へ向かった。
コボルトがそれなりの数ついてきてしまったが、彼らに聞かれて何か困ることもないので、好きなようにさせている。
「ねぇ、レジーナってなんでそんなにコボルトいっぱい連れて歩いているの?」
「知らねぇよ」
疑問に思ったコリンが尋ねる。
レジーナの後ろにはぞろぞろと十人ほどのコボルトがついて歩いている。
振り返って構ってやるわけでもないのに不思議なことだ。
「なんでです?」
後ろにいるコボルトに向けてモンタナが尋ねると「強そう!」とか「わかんない!」とか、元気な返事が戻ってきた。コボルトは怖がりなはずだが、レジーナのことはあまり怖くないようだ。
もしかしたら最初に派手に追い払おうとしたことで、遊んでくれる人と思われている可能性もある。
レジーナ自身、段々面倒くさくなって放置しているようなので、こちらも特に問題はないのだろう。ハーピーと言い、本能的に生きている者に好かれる体質なのかもしれない。
そう考えてみるとレジーナは、ナギとも結構仲が良かった。
レジーナの不思議について思いをはせながら行成たちが輪を作っている辺りに合流する。そこには航海士のトロウドがすでにいて、海図を広げて何やら話をしていた。
「ああ、ちょうどよかった。まずはどこに降りて準備を整えようかって話をしてたんすよ。話を聞いたところによると、〈北禅国〉に近い大きな島は、どこも好戦的だって話ですよね。沿岸の警備も厳しいでしょうし、余計な消耗を避けたいのなら西の方に浮かぶ島に降りるのがいいんじゃあないかって。どうすかね?」
どうすかね、と尋ねられても、ハルカはまだ海図をしっかりと把握していない。
トロウドは楽しそうだが、いくつか質問をする必要があった。
「その島は無人島なんですか?」
「いや、無人島ではないのだ。それなりの大きさの島なのだが、軍が拠点として使おうとすると、住人が暴れて被害を及ぼすため成功しない。逆に普通に訪ねる分には穏やかなのだが、特に軍港とする以外の利点もないような島でなぁ」
大門が微妙な表情で語る。
何か事情がありそうだ。
「何か渋る理由があるんですか? 例えば……、私たちの情報が漏れやすいとか」
「いやいや、あそこの住人は滅多なことじゃ他所と交流せんから、そんな心配もいらない。ただなぁ……」
「住人が鬼なんすって。会ってみたくないすか?」
けろりと暴露したのはトロウドだ。
地理的にちょうどいいというのに加えて、完全に好奇心に支配された目をしている。
「そういえば鬼族の方とは会ったことがありませんね」
【帝国】のリヴが確か鬼との混血であったという話だが、そのものと出逢ったことは未だない。
鬼は大陸に来てしまえば破壊者に分類されてしまうが、【神龍国朧】では一住人として扱われているとハルカたちは聞いたことがあった。
「【神龍国朧】では、割と一般的に鬼や天狗と関わりがあるのでしたか?」
確認のために尋ねると、行成が顎に手を当てて僅かに首をかしげる。
「はい、そうであったようです。しかし彼らは遥か昔に人同士の争いに嫌気がさして、山や島に籠ってしまうようになりました。一騎当千の働きをするので、昔には随分と重宝されていたそうですが、私もお会いしたことはありません」
次期当主であった行成ですらそんな調子なのだから、きっと今生きている多くの【神龍国朧】の住人は、彼らが隣人であるという意識もないのだろう。
「穏やかな方々なんですね?」
「交易などは歓迎してくれますが、あまり利がないのでどこも積極的にはやっておらんのです。こちらから何か役立つものや珍しいものを持っていけば、戦いになるようなことはないかと」
大門の返答はどこまでも渋々であった。
「大門さんはなぜそんなに気が進まないのですか?」
「…………こんなことを言っては笑われそうだが、わしが鬼族に会ったのは随分若い頃でな。他国が軍港にせんと上陸したのを邪魔するために援軍で向かったんでござるよ。そこで……人の首根っこを文字通り引っこ抜くさまを見てからは、どうも恐ろしく」
いわゆるトラウマというやつなのだろう。
渋い話し方はしているが、普通に考えてよい位置に島があることも分かっているから反対もしない。
作戦の成功を願うのならば、そんな感情は邪魔にしかならないことが大門にはわかっているのだ。
「……一応確認しておきますと、普段は穏やかな方々なんですよね?」
「それは保証するでござる。援軍に向かった我らに対しては、たいそう紳士的に接してくださった。その後も特に争ったという話は聞いておらん。……初めて言葉を交わしたとき、砂浜は血まみれで臓物が飛び散っていたけれども」
ぼそりと付け足される言葉がいちいち恐ろしいけれど、戦のあとなどそんなものだ。現実を知っているイーストンなんかはすました顔をして話を聞いていた。
「どうしましょうか。別だとどうなります?」
「どこに降りても、この島よりは争いが起こる可能性が高いと思われます」
随分と話し合った後なのだろう。
行成がはっきりと断言した。
「……では、多数決を取りましょうか。今の話を聞いて、この島に降りることが反対の人はいますか?」
大門があげない。
そうなると当然侍たちも、ハルカの仲間たちも手をあげなかった。
「では決まり、ですかね」
少しばかり心配はあったが、航路は決まった。
あとは上陸後の作戦を練るばかりである。
それについても、行成たちがすでに話し合いを済ませていたようなので、ハルカたちはまずその作戦を聞くことになるのだった。





