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定位置

「ラジェンダさん、どうしますか?」

「ここに住みます。私の仕事は何でしょうか?」


 翌朝機会を作って尋ねたところ、ラジェンダはあっさりとここに住むことを了承した。周囲には今日はお休みのコボルトを三人連れて撫でまわしている。

 お互いに満足そうなので邪魔するつもりはないが、あまりに馴染み過ぎではないだろうかとはちょっと思った。


「主にウルメアとエターニャさんと協力して、コボルトたちにお仕事を割り振る感じでしょうか。コボルトたちは皆働き者なのですが、困ったことがあると作業が止まって聞きに来ます。そんな時にどうしたらいいか教えてあげたりも仕事になるんでしょうか。……一応もう一度聞きますが、本当にここに住むで大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 迷いのない返事だった。

 もともと覚悟してきていたとはいえ、コボルトがよっぽど気に入ったのだろう。


「わかりました。ではウルメアを呼んできます。少し待っててくださいね。あ、ウルメアにはあなたの事情を説明してもいいですか?」

「はい、お願いします。何か誤解があってもいけないので」


 ウルメアは城壁の上にある椅子に座り、腕を組んで街を見つめている。

 堂々と日の光を浴びているところを見ると、とても元吸血鬼とは思えない。

 最初の頃は日の光もあまり好ましく思っていないようだったが、気が変わったのだろうか。

 コボルトが迷うことなく階段を上ってやってきては、何かをしゃべって帰っていくことから、最近はいつもあの場所に陣取っているに違いない。


 ハルカはコボルト用に作られた階段を一段飛ばしで登り、ウルメアに声をかける。


「すみません。ラジェンダさんがここで暮らしていくことにしたそうです。仕事の説明をしてあげてほしいのですが……」

「ここで話す」

「そうですか。……最近はここが気に入っているんです?」


 景色はいい。

 街が一望できて、門をくぐる前のコボルトたちの姿も見える。


「あいつらが分かりやすい所か見える所にいてほしいと言うからいるだけだ。雨の日は塔に入ってすぐの場所にいる」

「ああ、なるほど……」


 話していると、下からコボルトの声が聞こえてくる。


「ウルメア様ー」

「王様ー」


 コボルトが数人でハルカたちの方を見て声を上げていた。


「どうしましたか?」


 ハルカが返事をするとコボルトたちはきょとんとした顔をしてから、またハルカたちを見上げて「なんでもないー」と答えた。

 見かけたから名前を呼んでいるだけであった。


「いつもこんな感じですか?」

「そうだ。用がある奴は上がってくるから無視している。エターニャは律義に手を振ってやってるらしいけどな」

「平和ですね」

「……まぁな」

「あ、別に今のは……」

「いいから、早く呼んできたらどうだ」


 牧歌的な光景に対して思ったことをポロリと漏らしただけであったが、まるで嫌みのようになってしまった。

 ハルカが慌てて謝ろうとしたが、ウルメアはうるさそうに言葉を遮った。


「……そうですね」


 ハルカの性格くらいはウルメアも分かってきている。

 受け答えがただ面倒だった。


 ウルメアはハルカが階段を下りていったのを背中で感じながら、下からまた呼ぶ声に反応してちらりと目を向ける。

 するとコボルトたちは何が面白いのかキャッキャと笑って去っていった。


 以前馬鹿にされているようだとニルに話したところ、大笑いで慕われているのだと言われて訳が分からなくなり、あまり気にしないようにしているウルメアだ。


 太陽の光とたまに吹く風が心地よい。

 そう感じる自分をどこか許せなくて、ウルメアは眉間にぐっと皺を寄せた。

 気にくわない。しかし自分の中で何かが変わってきているのも事実であった。

 

 ウルメアが一人渋い表情をしているところへ、ハルカはラジェンダを連れて戻ってくる。

 ラジェンダはウルメアの横にまわり、丁寧に頭を下げて挨拶をした。


「ウルメアさん、ラジェンダです。どうぞよろしくお願いします」

「座れ」


 エターニャやニルが勝手にいくつか持ってきた椅子を顎で示すと、緊張した様子のラジェンダが腰かける。


「ウルメア。ラジェンダさんは体質的に身体的な接触が苦手です。肌が触れ合ったりすると、体調が悪くなってしまうそうです。それだけ気にしてあげてもらえますか?」


 ウルメアは足元をうろつきまわるコボルトを見て尋ねた。


「……コボルトをくっつけているようだが」

「あ、人でなければ大丈夫です」

「ラミアはどうなんだ?」

「多分……大丈夫です」

「ケンタウロスは」

「ちょっと見てみないと何とも。すみません、面倒なことを言って」

「いい、わかった。少なくとも私からは触れたりはしない」


 少なくとも人が少ないこの場所では、ラジェンダの体質は特に問題を起こさないだろう。それであれば人手は多い方が楽になるはずだ。

 先日エターニャに手を貸してもらい休みを取った時、ウルメアははじめて自分が疲労していたことを悟ったのだった。なぜだか調子が悪いことには気づいていたのだが、理由が分からなかったのだ。


 一日しっかりと休んだお陰で随分と楽になってからは、しっかりと休みを取るようにしている。


「難しい仕事はない。一人いれば十分だから交代で休む。覚えるまでは一緒に仕事をしてやる。緊急時は全員で対応する。何かわからないことがあったらすぐに言え。分からないまま放置される方が腹が立つ」


 厳しい言い方をするなぁとハルカが考えていると、ラジェンダはにっこりと笑って言った。


「優しい方ですね、安心しました。どうぞよろしくお願いいたします」


 仕事なんて見て覚えろという世界だ。

 言葉こそ厳しいように聞こえるが、内容は優しいと捉えられてもおかしくなかった。

 ハルカもウルメアも予想外な言葉に目を丸くしたが、ラジェンダは相変わらずこの素晴らしい職場に感動すら覚えながら、ニコニコと楽しそうに笑っているのであった。

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― 新着の感想 ―
コボルト式に慣れた指導者が厳しくしようとしてもゆるくなるよね
ウルメアさんもそのうち笑ったりするようになるのかなぁ
あの騒動の時はウルメアのことあんまり好きじゃなかったけど 描写が重なってくると絆されかけてるちょろい自分がいる…
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