かどで
しばらくしてやってきた侍たちに、行成と大門は事情を説明する。
ほんのわずかな期間でひとまわりもふたまわりも大きくなったように見える行成に、侍たちは汚れた袖で目をぬぐい鼻をすする。
ずっと一緒にいた大門ですら眉間にしわを寄せて空を見上げていた。
ハルカから見ても行成は随分と成長した。
ここに来たばかりのころと比べると、現実が随分と見えるようになっているし、大物とのやり取りも慣れてきたようである。
あとは無事に国を取り戻すだけだ。
マグナスは曲者である。
どんな対策をとってきているかわからないが、用心に越したことはないだろう。
一方では決起集会のようになっている侍たち。
一方では幸せそうにコボルトたちに囲まれているラジェンダ。
どちらもハルカが運命を変えたものだ。
良い方に転がってくれることを祈りながら、ハルカはウルメアにこっそりとラジェンダのことについて話しに向かった。
「ウルメア、相談があります」
「なんだ。相談じゃなくて命令すればいいだろう」
いつまでもつんけんした性格は直らないようだ。
今日は知らない冒険者が近くにいるせいでいつにもましてピリピリしているようだ。
「今日連れてきたラジェンダという子がここで暮らせそうであれば、ウルメアの補助につけたいと考えています」
「エターニャがやっているが」
「では三人で」
ウルメアはコボルトたちの真ん中でとろけた顔をしているラジェンダをちらりと見ながら言う。
「大丈夫なのか、あれは」
「そのうち慣れると思います。もともと仕事は優秀にこなす方です」
「ならいいが」
「余裕ができたらたまにはウルメアも休んで羽を伸ばしてください」
「…………休んだところですることなどない。働いているほうが気がまぎれる」
「そうですか……。とにかく、ラジェンダのことをお願いします」
「わかった」
気がまぎれると言うからには、きっとウルメアの毎日は心配事が多いのだろう。
その大部分は吸血鬼の力がなくなったことから派生するものだから、ハルカにはどうしてやることもできない。
それはウルメアがこれからずっと付き合っていくべきことだ。
「ああ……、海辺のコボルトたちと人魚に、敵襲があった際の動きを教えている。半月ほど前に遠くに船が通ったと報告があったしな」
「お任せします。話が通じそうな相手であれば話してみるようにしてください」
「不意打ちをされたらどうする」
「ニルさんを必ず連れてください。大抵の相手からの不意打ちは防げるはずです。明らかに怪しい相手の場合は、安全を確保した上で構いません。判断に迷った場合は、一時的に海辺の一部を貸し与えて、私に連絡をくださっても構いませんので。街を守れないと判断したらぎりぎりまで戦わず、早い段階で全員を撤退させてください。私に連絡が来てからその先のことは考えます」
「……お前は……、ハルカは、誰かが犠牲になることを最も避けたいと考えている、ということでいいな」
「はい、その通りです」
「わかった」
一通りの話を終えると、ウルメアは雑談するでもなく自分の家の方へ引っ込んでいく。コボルトが何人か足元に走っていき話しかけているが、手早く何かを返事して、家の扉をぱたんと閉めてしまった。
仕事には慣れたようだし、仕事そのものは嫌いではないようだが、まだまだハルカと打ち解けるには時間がかかりそうだった。
夜になってイーストンとニルと三人で酒を飲んでいると、塔からヴィーチェが出てきてその輪の近くまでやってきた。
「混ぜていただいても?」
「おう、よかろう」
「ありがとうございますわ。あなたがニル様ですのね?」
「そういうお前さんはヴィーチェだったか? 腕利きの冒険者のようだな」
「あら、分かりますの?」
ヴィーチェが横目で見ながら問うと、ニルは笑いながら木の椀に酒を注いでヴィーチェに差し出した。
「来たばかりの時に随分と視線を感じた。どうだ、そんなに気になるなら一つ手合わせでもするか?」
「遠慮しておきますわ。ハルカさんの友人であるなら、大まかな実力さえわかっていれば十分ですの」
受け取ったヴィーチェがぐいっと酒を飲み干すと、ニルは「良い飲みっぷりだ」と言って、ヴィーチェの持った椀にさらに酒を注いだ。
ヴィーチェはハルカの胸元くらいまでしか身長がない小柄な女性だ。
炎に揺らめく影だけ見ていると、ニルに襲われて食べられてしまいそうなほど儚く見える。
ただし中身はしっかり熟達の冒険者であり、態度は堂々たるものであった。
「友人なぁ。一応臣下のつもりなんだがなぁ」
「立場と関係はまた別ですわね」
「ああ、そうかもしれん」
ヴィーチェはもともとこの場所を理解した上で同行しているのはわかっていたが、こうして酒を酌み交わしてくれるとハルカとしてもほっとする。
これまでは長い時間をかけて様子を見た上で状況を伝えてきたが、ヴィーチェとラジェンダに関してかなり性急に事を進めた自覚がある。
肩の力を抜いて見守っていると、ヴィーチェが突然ハルカの方を向いてにっこりと笑う。
「ラジェンダはきっとここが気に入りますわ。本当にありがとうございます」
「はい、私からもそのように見えました。良かったです」
「助かりましたわ。……でもハルカさん、あまりここのことは周囲に漏らさないほうがいいですわ。私たちは政治と関わらない冒険者だから良かったですけど、中には私利私欲で動く方や、心の底からオラクル教の教えを信じている方もいらっしゃいますの。重々承知の上と思いますけれど、私たちの件であまり油断なさらないようにとだけ、お伝えしておきたかったんですの」
ちょうど気がゆるっとなったところだったので、ハルカは慌てて背筋を伸ばして「はい、気をつけます」と返事をする。
「つまらないことを言いましたわね。さ、今日はラジェンダの就任お祝いですわ。パッと飲みますわよ!」
「……そうですね。気の済むまで飲んでください」
ヴィーチェからすれば、間もなく娘のように育ててきたラジェンダとのお別れだ。
飲まずにはいられないのだろう。
「そうですね、乾杯しましょう。ラジェンダさんのこれからの生活に」
「それに、行成さんたちの今後を祈ってね」
イーストンが付け足したところで四人で杯をぶつけて乾杯。
今日のヴィーチェは最後までハルカに抱き着いてきたりすることもなく、行儀よく杯を傾け続けたのであった。





