群れ
夕暮れ時に〈ノーマーシー〉の上空にやってくると、畑や街に散らばっているコボルトたちが口を開けて空を見上げていた。それなりに高い位置にいるため、細かな見た目は分からないだろうに、後ろにゴロンと転がったコボルトを見て、ラジェンダは「はぁあ……」と幸せそうにため息を零した。
ナギがゆっくりと城門の内側へ降りるころには、ニルとウルメア、それにラミアのエターニャが迎えに出てきた。もちろん塔からわらわらと現れたコボルトたちも一緒だ。
「ニルさん、お久しぶりです。変わりはありませんか?」
「なんも変わらんなぁ。陛下の方はどうだ?」
「そうですね……。〈混沌領〉をぐるりと北側にまわった奥に港を作っています。そのうち船をここに立ち寄らせることがあるかもしれません」
「ほう、それは面白い。それで、そっちの新顔たちは陛下の友人か?」
「あ、はい、そうですね。私たちとは別の冒険者宿の方々です。信用のおける人たちなので心配はしないでください。それより侍の方々はお元気そうですか?」
ニルやエターニャはともかく、ウルメアはあからさまに警戒の姿勢をとって一言も口を開かない。もともと冒険者と敵対していた上、今は戦う力が皆無であるから、端的に言えば怖いのだろう。
本人は認めないかもしれないけれど。
ニルたちに先にここへの移住の話を伝えてしまうと、ラジェンダが断り辛くなるかもしれない。ハルカはさりげなく話題を変える。
「ああ、奴らなら朝から晩まで荒れ地を新たに耕しておる。よく働くもんだから、ずっとここに住んでりゃあいいとも思うんだが……。そっちの二人がいるってことは、そろそろ国へ帰るのだろう?」
「はい、そのつもりです。数日こちらで過ごしたら、そのまま【神龍国朧】へ向かいます」
「そうか」
ニルも戦士であるから、侍たちの気持ちがなんとなくわかるのだろう。
それでもしばらくの間共に過ごしてきたからか、寂しい気持ちがあるらしい。
彼らが働いているであろう郊外の方を見つめて目を細めた。
「陛下がついていくのか?」
「はい。仲間たちと共に」
「儂も一緒に行ってもいいのだが……」
「いえ、ニルさんはここをお願いします」
「だろうな」
情が湧いたのだろうが、隠密行動をする手前ニルのような大きなリザードマンを連れていくわけにはいかない。シルエットだけで相当に目立ってしまう。
話はそこそこにしてラジェンダたちを案内してやろうと振り返ったところ、すでに一行は塔から出てきたコボルトたちに囲まれていた。
「誰!」
「ねぇ、王様の友達?」
「今日はね、塔で海見てた!」
それぞれが勝手に喋るものだから、返事をすることも難しい。
「すごいですわねぇ。これがコボルトなんですの」
「ふわふわでござる」
「ほんとね」
「わぁ」
ヴィーチェたち冒険者の三人が、近くに来たコボルトを持ち上げているのに対して、ラジェンダは感嘆の声を上げたまま固まっている。
集られている割に顔色が悪くなる様子はないから、コボルトと触れ合うことは問題がなさそうに見えた。
「皆さん、ちょっと避けてくださいね。一斉に話しかけられたら困ってしまいますから」
「あ、王様」
「王様元気?」
「王様、あのねー、遠くに船とおったよ」
「大きな魚もいたよ」
「え、それはいつです?」
みんなそれぞれ好きなことをしゃべる中に、一つだけ気になることがあってハルカは問い返す。
「いつだっけ?」
「結構前!」
「ウルメア様に言った!」
「あ、じゃあ後で聞いてみますね。ありがとうございます」
ここには双眼鏡もあるから、遠くと言えばかなり遠くになるのだろう。
コボルトたちは感覚的な報告をするが、その内容自体は正直に話しているはずだ。
〈ノーマーシー〉の街の港は、湾の中にあるし、街があると思っていないものはわざわざ寄ってきたりしないだろう。
ましてそれなりに長いこと吸血鬼の王を名乗るヘイムが支配していた街だ。
その間に何隻か沈められていたとしてもおかしくない。
行成たちのようにやむを得ない事情がない限りは、なおさら近づいてきたりはしないだろう。
「ええと、ラジェンダさん。どうでしょうか、コボルトたちは。怖くないですか?」
「かわいいです……。ここに住みたいです、住ませてください」
「え、そんな簡単に決めていいんです?」
「はい、住みます。撫でてもいいですか?」
「あ、はい、本人に聞いてください」
コボルトたちは別にハルカの飼っている犬ではない。
それぞれに意思があるから、許可を取るのならばそっちだ。
ラジェンダにはまだその感覚はないらしい。本当におしゃべりする犬たちが群れているように見えるのだろう。
「あの、撫でてもいいですか?」
「いいよ! 撫でて!」
「わぁ……」
頭を差し出してもらってまた感動しながらラジェンダは手を伸ばしてその頭や耳の付け根をなでる。しばらくそうしているうちに、構ってもらえると気づいたコボルトたちが集まってきて、いつの間にかまたすっかり囲まれてしまっていた。
本人は次々と頭を撫でたり顎の下を擦ったりと幸せそうにしているのでいいのだが、決意があまりにあっさりとしていてハルカとしては心配だ。
まぁ、今日の一晩しっかり考えてもらって、朝にもう一度だけ尋ねてみることにするハルカであった。





