里に暮らす者たち
ガ族の里の前に着陸すると、すぐに門が開かれて、立派な体躯のリザードマンがハルカに頭を下げた。ハルカたちがナギの背中から降りている間に、ハーピー達がパタパタと飛んでくる。
「ヘルカ!」
「ハルカですよ」
「ヘルカ、ミアーが来タ!」
「はい、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
数人は同じく空を飛ぶナギのことが気に入ってるのか、断りもなくその頭に乗ったりして、大きな声で話しかけたりしている。レジーナのところにまっすぐやってくる怖いもの知らずもいて、ぎろりと睨まれるときゃっきゃと楽しそうに距離を取っていた。
「ミアー、はじめましての人にはあまり近付かないようにみんなに伝えてください」
「わかッタ!」
「きこえタ!」
耳が良いらしいハーピー達が、ハルカの言葉を聞いてあちこちからばらばら返事をしている。ミアーが普段から『ヘルカは強いぞ』と皆に語っているおかげで、素直に言うことを聞いてくれるようだ。
彼女たちからしてみれば、ハルカは険しい山と同じく、一族を守るための大事な存在なので当然である。
「かわいらしいこと」
ヴィーチェがぽつりとつぶやくと、ミアーが体ごとグリンと横に傾けて「ミアーのこトか?」と尋ねた。それがまたかわいらしく見えたのか、ヴィーチェはころころと笑う。
「ヘルカ、変なのツれテきタな!」
「あ、気にしないで良いですからね」
ラジェンダの様子はどうかなとハルカが振り返ってみると、思ったよりも怖がったりしておらず、楽しそうに飛び回るハーピー達をじっと観察している。ついでに見えた航海士のトロウドも、見たことのない破壊者たちに、興味津々の様子だ。
安全な場所だと伝えてあったにしても、なかなか良い反応ではないだろうか。
「陛下、中へご案内します」
「あ、今日は挨拶だけ。ドルさんはいらっしゃいますか?」
「もうすぐこちらへ来るかと」
「じゃ、そちらに挨拶したらすぐ出発しますので」
門番に用件を伝えると、そのままリザードマンの子供たちや、畑から出てきた女性のリザードマン達にも話しかけられて、ハルカはしばしそこで立ち往生することになった。
前回ハルカと喋れなかったものはニルのことを聞いたり、子供たちは〈ノーマーシー〉へ行ったリザードマンの戦士たちの話をねだったりする。
いくつかの話に答えたハルカは、ラジェンダたちを放置していることにハッと気づき、「ちょっと待ってくださいね」と言ってその場を離れた。
後頭部辺りにミアーを連れて小走りで戻ると、エリが感心したように話しかけてくる。
「本当に陛下って呼ばれてるのね」
「ええ、まぁ、そうなんですよね」
「恥ずかしいんだ?」
「……はい。でも、そう慕ってくれるからにはちゃんとできることはやってあげたいと思ってます」
「ふーん」
エリはハルカの顔を覗き込んで意味ありげに笑う。
「……なんでしょう?」
「いや。リザードマン達はいい人を選んで王様にしたんだなーって」
「からかわないでください」
冗談だろうとハルカが苦笑すると、なぜかカオルがその後に続く。
「拙者もそう思うでござるよ」
「カオルさんまで」
困り顔で受け答えするハルカに、カオルは真顔で答える。
「拙者、ハルカ殿が主だったら安心して武者働きできるでござる。きっとそれは侍としても充実した人生でござるよ」
「ヘルカは強いから安心!」
ミアーが口を挟むと、カオルは「そうでござるなぁ」と子供を相手にするかのように同意してからさらに続ける。
「それに、なんのために戦うのかがはっきりしてそうでござる。疑いなく戦える環境というのは、侍にとって理想的でござるよ」
「ミアーは難しいこト分かんない!」
「そうでござるか、うんうん」
ミアーがバタバタと翼をはばたかせて抗議すると、カオルもへらりと表情を崩して笑う。褒められたハルカも、ミアーではないけれど、その全容をうまく受け止め切れずに困惑していた。
「陛下、お久しぶりです」
細身で長身のリザードマン、ドル=ガが、わざと少し離れた場所から声をかける。
ドルはニルと並んでいると小柄なように見えるのだが、それは体躯が引き締まっているからであって、その上背はニルとさして変わらない。
平均的なリザードマンですら二メートル。
ドルやニルにいたっては二メートル半を超える長身だ。
頭の回るドルが、初めて会ったものを脅かすことのないように気を利かせたのだった。
「ドルさん、お元気そうですね」
「お陰様で。今日は初めて会う方がたくさんいらっしゃいますね。ご挨拶をしても?」
「あ、是非お願いします」
「では。私、陛下より里全体をまとめるように仰せつかっております、ドル=ガと申します。皆さまのお顔はしっかりと覚えておきますので、もしいらっしゃったときは私の名をお出しください」
ドルは片手に槍を携えたまま、そのしなやかな体を軽く折りたたみ優雅に挨拶をする。
「ドルさんは私の前にリザードマンの里を治めていた王様なんです。とても頭の切れる方なので、今もほとんどドルさんが治めているようなものですが……」
「陛下、それは否定させていただきます。私が里を治めていたのは、ニル様が腰を痛めていたからにすぎず、今だって陛下の代わりとしか考えておりません。もともと王の器ではなかったのですよ」
「真面目に反論されると否定しにくいのでやめてください……」
「そうおっしゃらず、別に生意気を言うなと叱って下さっても構いませんよ」
思っていたよりもずっとウィットに富んだ会話が繰り広げられて、やはり初めてリザードマンと遭遇する者たちは、目を丸くして驚いていた。
知っていた、あるいは聞いていた破壊者から想像する姿とはずいぶんと違う。恐ろしく背が高く獰猛そうに見えるのに、ハルカと交わされる会話を聞けば、賢い政治家のようにも思えてしまうから不思議だ。
ハルカはそのままドルといくつか情報を交換し、ニルへの言伝を預かってすぐに出発の準備をする。ミアーたちハーピーは、もう行くのかとブーブー文句を言っていたが、これもハルカが慕われている証拠だろう。
出発間際になって、門の上から丸い何かが二人のハーピーの足につかまれて運ばれてくる。
「ハニー連れテきタ!」
「あ、休ませてあげといて良いのに……」
ミアーたちのように空を飛ぶことができない、ウペロペは、群れで唯一の男性としてハーレムを築いている。ハーレムという言葉から想像するよりも、本人は大変そうであるけれど。
「ウペロペさん、大丈夫ですか?」
「ちょっと痛いです……」
かぎづめでがしっと宙づりにされているのだからそれはそうだ。
とはいえ、ハーピー達にとっては大事な大事なハニーだから、雑に扱っているわけではないというのが、また困ったところである。
「わざわざすみません、お見送りに来ていただいたようで」
「ごめんなさい、僕、空を飛べないのでなかなか挨拶にも来れず」
もこもこのフクロウのような見た目をしているウペロペは、空を飛ぶことができない。遠くへ移動するときはいつも運ばれるばかりなので、別にこれもいつもの光景と言えばいつもの光景なのであった。
「いえいえ、用事があれば私の方から訪ねますから。休める時にはゆっくりしてください。お子さんは増えましたか?」
「あ、はい。またいっぱい増えてますので、ゆっくりできる時にはぜひ」
そんな当たり前の会話を交わしたところで、ハルカがミアーに頼んでウペロペを地面に下ろしてもらう。宙づりのまま会話している絵面は実にシュールであった。
話が終わりナギが空に飛び立つ。
里がだんだん小さくなるのを見てから、ハルカが振り返ると、ラジェンダがぼーっとした様子で同じように里を見つめていた。
「あの、どうでしたか……? 怖かったでしょうか」
「あっ、いえ!」
ハッとした様子のラジェンダが、慌てて答える。
「あの、本当に大丈夫ですか……?」
無理をしているのではないかと尋ねると、ラジェンダはやはり元気に「いいえ!」と返事をした。そして続けて言う。
「あのウペロペさんというのは、なんという生き物なのでしょうか……?」
どうやらまん丸のハニーは、ラジェンダの心もばっちり掴んでいたようである。





