行く先のご説明
「改めて、どうかよろしくお願いいたします」
「まだしばらく時間があります。疲れてしまうので肩の力は抜いていきましょう」
「そうですね……」
眉間に力が入り、気合が入りまくっている【神龍国朧】の行成と大門。
これでは何をする前にすっかり疲れてしまうだろうと、ハルカは苦笑いをした。
空の旅をする期間を考えれば、【神龍国朧】へ到着するにはまだ一週間以上かかる。
次々と背中に人が乗り込んでいくのを、ナギが首を曲げてじーっと見つめていた。
一応誰が背中に乗っているかは気になるようだ。
「ナギ、今回は〈ノーマーシー〉までお願いしますね。ついたらしばらくはのんびりしていていいですから」
ハルカの声に小さく喉を鳴らすナギ。
少し歩いて鼻先をなでてから、ハルカもすいっと浮かんで背中に乗った。
今回同乗するのは、主に三つのグループ。
行成と大門の〈北禅国〉組。
ヴィーチェを筆頭とした【金色の翼】組。
それからハルカたち【竜の庭】の面々に航海士のトロウド。
約束通り初期メンバーに加えて、イーストン、レジーナ、それにユーリが一緒に来ている。
総勢で十四名になる。
見送りに来てくれた者たちに手を振りながら拠点を発ったハルカは、さっそくラジェンダがいる場所へ移動して、今後の予定を説明することにした。
今回の旅路では、まずはリザードマン達の里に一度降りるつもりでいる。
そこでラジェンダに拒否反応が強いようであれば、一度拠点に戻ってそちらで待機してもらうことも考えると、あらかじめヴィーチェには伝えてあった。
ハルカはラジェンダの前で正座をすると、いつも通りの真面目な顔で話し始める。
「すみません、ラジェンダさん。この先についてのお話をします」
「はい、お願いします」
知った人たちの間にいるからだろう。
ラジェンダの表情は不安そうだが、精神的には落ち着いているようにも見える。
「行く先の話ができず不安があったかと思います。私たちが向かっているのは〈混沌領〉です。私たちはそこに拠点と仲間を持っています。彼らはそれぞれ独立した勢力でしたが、今では私を慕って話を聞いてくれます」
ハルカはそこまで話してから、これではまだ心配させてしまうなと考え、言葉を直す。
「彼らは私を王様と呼んで、指示に従ってくれています、ですから、危険はありません」
「王様……ですか?」
冒険者についてきたと思ったら、王様だと言われればぽかんともするだろう。
話についてこれていなさそうなラジェンダがハルカの言葉を復唱する。
「はい。その……、国名もありませんし、対外的に国として宣言したわけではありませんが、そういう形に。今から向かう先はリザードマンの里。リザードマンとハーピーが暮らしていますが、どちらも話が通じる安全な人たちです。それだけは信じてください」
ラジェンダが驚きつばを飲み込んだ。
一般的に街で暮らす者にとって、破壊者というのは恐ろしい存在であることは間違いない。実態を見ていなくとも、教育の最先端を担う〈オラクル教〉がそう発信しているのだから、それは仕方のないことだ。
実際、人が暮らす付近で出会う破壊者は、主に大量発生した小鬼やら半魚人やら、吸血鬼やらになってくる。近づくべきでないのは尤もなのだ。
ハルカも、逃げられないような状況になってから話すのはどうかと思ったのだが、そうでないと、説明してからやっぱりやめたになっても困ってしまう。
「一度話してみて、それからまた考えてください。諸々が難しければ、私たちの拠点に戻って暮らすでも構いませんので。……怖いですよね?」
「……正直、少し怖いです」
「すみません」
「でも、私のために秘密を話してくれているのも分かります。だから、大丈夫です。信じます」
「……ありがとうございます。後悔はさせないと思うんです。まだ話には続きがあるのですが、いいでしょうか?」
「はい、お願いします」
第一段階はクリアだ。
話の段階で拒否反応があまりに強いようだったら、すぐに回れ右することも考えていたくらいなので、悪くない滑り出しである。
「最終目的地は、ずっと東にある〈ノーマーシー〉という街です。そこに主に暮らしている種族はコボルトと言います。ご存じですか?」
「いえ、聞いたことがありません」
街の人が破壊者に持っているのは、人とは違う見た目の獰猛な生き物、という認識なのだろう。その種類なんかについては詳しくない。
「コボルトというのはですね、まず、身長がこれくらいで」
そう言いながらハルカは手のひらを大体一メートル弱辺りに動かしてから、しばし考えて手を膝の上に置いた。
「その、二足歩行の人懐っこい喋る犬たち、とご説明するのが一番伝わりやすいかと思います」
「犬、ですか?」
「はい、犬です。もこもこしていて、好奇心が旺盛。働きもので手先は器用です。個人的な意見を述べさせていただくと、非常にかわいらしいです」
「…………いっぱいいるんですか?」
「いっぱいいます」
「とりあえずその、見に行きたいです」
「良かったです」
先ほどのリザードマンとハーピーの話は、一度頭の隅に追いやられてしまったのだろう。ラジェンダは頭の中を想像のコボルトでいっぱいにしながら、真面目な顔でこくりと頷いたのだった。