拠点動物巡り
ラジェンダは元々臆病な性格というわけではないのだろう。
ナギの背に乗って空を飛んだ時も、少しばかり時間が経てば広い空を見て感動するだけの余裕があった。
ではなぜ彼女があそこまで人と接触することを怖がるのか。
幾度か繰り返した思考を途中まで辿り、また途中でやめる。
そんなことは探ったところで、自分にとっても彼女にとっても碌なことではないだろうと、ハルカは何となくだけれど察していた。
拠点に着くと、ハルカはラジェンダを仲間たちに紹介する。
事情を伝えてあるから、不用意に接触する者はもちろんいない。
食事をして、自由に過ごしてもらうように伝えると、ラジェンダは飛竜たちが集まっている場所へ向かう。
ハルカは本当に動物が好きなのだなと微笑んで見送り、翌日の準備を始めるのであった。
◆
ラジェンダは引っ越しに不安を抱えていた。
そもそも街の外へ出ることが恐怖であったし、嫌な思いをフラッシュバックさせる。
それでも明るく振るまえていたのは、これまで育ててくれたヴィーチェへの信頼と、これからの生活への期待。それに、特級冒険者のハルカの前評判によるものであった。
何とか勇気を奮い起こしてついてきて分かったことは、ハルカの性格が噂で聞いた時とさほど変わらなさそうだということであった。
その功績に嫉妬してか、あるいは余計なちょっかいを出して痛い目に遭ったからなのか、時折悪く言う者もいるのだが、基本的には温厚であり、善人であると聞いている。
ラジェンダとナギの話をするときは、穏やかな愛情のこもった目をしていた。
初めて会った時も、連れてきていた男の子、ユーリのことを頻繁に気にして様子をうかがっていたのを覚えている。
なんだなんだと集まってくる中型飛竜の鼻先をなでながらラジェンダが考え事をしていると、後ろから声が掛けられた。
「怖くないの?」
【金色の翼】のメンバーであるエリだ。
ラジェンダより後に【金色の翼】に合流した年の近い子であり、境遇はラジェンダとよく似ていた。
やって来たばかりの頃は、ヴィーチェに頼まれてせっせと世話をしたものだったが、負けん気が強いエリはあっという間に勝手に立ち直った。今ではすっかり冒険者としても頭角を現して活躍している。
「かわいいわよ。知らない人が来たから気になってるのだと思うの」
「ふーん。ま、私も怖くないけど」
エリは横に並んで、対抗するように飛竜をなでる。
ラジェンダとしては、年が近いからか、時折こうやって張り合ってくるエリはかわいらしい。
「私も一緒に行って、しばらくは現地にいるから」
「そうらしいわね」
「だから何かあったら言ってよね」
「……そうね、頼りにしてるわ」
わざわざそれを言いに来てくれたのかと笑うと、エリは察されたのが嫌だったのか変な顔をして去っていった。ただの照れ隠しだ。
かわいらしいと思うのだが、そんなエリが相手でもラジェンダは体を寄せると呼吸が浅くなってしまう。懐いていてくれた頃に、それでエリを随分心配させたことを思い出してラジェンダはため息をついた。
飛竜たちに別れを告げて散歩をしていると、水の音が聞こえてくる。
かつてここにはアンデッドの群れがひしめいていたと聞いていたが、とてもそうとは思えないほどにのどかで平和な場所であった。
小川の縁に小さな背中が二つ並んでいるのが見える。
先日ハルカが街へやってきたときに一緒にいた少年、ユーリと、ふさふさの尻尾をゆっくり揺らしているモンタナであった。
傍らには妙な色合いの羊が小川で水を飲んでいた。
更にモンタナの耳の間には小さなトカゲのような生き物が乗っていて、顎を揺らしながら日光浴をしている。
二人と一頭はゆっくりと振り返ると、黙ったままじっとラジェンダを見た。
頭上のトカゲに関してはモンタナが振り返れば自然とラジェンダの方を向くことになる。
「なにか……?」
「散歩です?」
「ええ、はい。自由に歩いていていいと言われたので」
「そですか」
モンタナが頭を動かしても、トカゲ、いや、小さな竜のような生き物は全く動ぜずに同じ動きをしている。
それが気になって、ラジェンダはつい尋ねてしまった。
「あの、頭に何か乗っていますが」
「トーチです。ナギのお兄さんです」
「え? ナギちゃんのですか?」
サイズで言うと圧倒的にちいさい。
ナギの目程もなさそうだ。
疑問の声をあげると、トーチはじろりとラジェンダのことを見て、空に向けて、ボッと小さな炎を吐いた。
「トーチは賢いですよ。昔はナギの頭の上に乗って、進めとか止まれとか指示出してたです。今は落っこちたら危ないからやめたみたいです」
「あ、ごめんなさい、驚いたりして」
トーチが許してやるとでも言いたげに、足を踏みかえて、またカクリカクリと顎を動かす。
「魚みる?」
トーチの動きを観察していると、今度はユーリから声をかけられる。
少し褐色の強い肌の色に、黒い髪で黒目。
ラジェンダはどこか神秘的な雰囲気を持った少年だなと思っていた。
「ええと、はい」
子供の誘いを断るのも、と思い、ラジェンダは少しだけ距離を置いて小川の縁に腰かける。川に目を向けてみると、そこには太陽の光を反射してキラキラと輝く小魚たちが見えた。
二人は無言。
妙な雰囲気の二人だった。
「……あの、お二人はここで魚を眺めていたのでしょうか?」
「身体強化の訓練してたです」
「身体強化、ですか?」
「そです」
言われても冒険者ではないラジェンダにはわからない。
「お邪魔だったのでは?」
「休憩です」
今一つ人柄が分かっていない相手だから、そう言われても戸惑ってしまう。
粗相があってはいけないと対応を考えていると、ユーリが名前を呼んでくる。
「ラジェンダさん」
「はい、なんでしょう」
「動物好き?」
ちらちらと羊を見ているのに気づかれてしまったようで、気恥ずかしく思いながらラジェンダは「はい」と返事をする。もこもこに触らせてもらえるのかと、ちょっと期待が交じっていないと言えば噓になる。
「ヘカトルは触ったらびりびりするかもしれないから、触らないほうがいいよ?」
「びりびり、ですか?」
「うん。鉄羊、っていう一応魔物だから。触って機嫌が悪いとびりびりする」
「魔物……っ!?」
静かに驚くラジェンダに向けて、ヘカトルはもちゃもちゃと口を動かして、そのままのっそりと去っていった。少し離れた場所には草食動物の群れがいて、ヘカトルを迎え入れたかと思うと集団で去っていく。
「あの中で一番偉いですよ、ヘカトル」
「あの、色々混じっていましたけれど……」
「そですね」
モンタナはラジェンダの疑問を当たり前のように肯定する。
彼らにとってそれは不思議なことではないらしい。
「ラジェンダさん」
ユーリがまたラジェンダの名前を呼んだ。
「はい、なんでしょう」
「多分ね、お引越し先気に入ると思う。かわいいのがいっぱいいるから」
「その、さっきのヘカトルという子みたいにですか?」
ユーリは少しだけ首を傾げてから「んー……」と言ってラジェンダを見上げる。
「秘密。ついてからのお楽しみ」
首を傾げたまま初めてにっこりと笑ったユーリ。
その笑顔には、どこか見てはいけないものを見たような魅力があり、ラジェンダは思わず数回瞬きを繰り返してしまったのであった。





