なわばり
空を飛んで街を出たハルカたちは、一度拠点の上空を通過して、そのままアバデアたちのいる村へと向かう。しばらくは生活に困らないであろう量の物資を、屋根下に納入し、テセウス、アバデア、コリアと話し合い。
しばらくはこれで問題がないことを確認した。
そのまま拠点へ戻ろうと空を飛んで壁の外へ出たところで、森からリョーガが帰ってくるのが見えて、ハルカは挨拶のために降下する。
首から血を流した大きなホーンボアを引きずっていたリョーガは、手のひらを太陽にかざしながらハルカが下りてくるのを待っていた。
「おや、必要なものを持ってきてくれたでござるか」
「はい。しばらくは問題ない量です。リョーガさんは狩りですか?」
「というよりは巡回でござるな。この辺りは魔物がそこそこいるようでござる。ここには厄介な相手がいるぞと教え込んでるでござるよ」
魔物たちは普通の動物よりは賢いものが多い。
縄張りのような意識もあるし、あたりの魔物が狩られ始めれば、自然と警戒心を高めるのだ。
こうして地道に狩りを続けることで、村には危険な奴がいるのだと刷り込むことができる。人間と魔物の住み分けである。
そのうちこの辺り一帯を縄張りにしていた親玉のようなのが出てくることもあるだろうが、リョーガならばそれも問題なく撃退することだろう。
「拙者は手を貸せぬが、行成殿を頼むでござるよ」
リョーガがさりげなく見ている視線の先には、〈混沌領〉、そして【神龍国朧】がある。
「拙者、大陸を旅して時代のうねりを感じたでござる。良くも悪くも、その先頭を歩く一人はハルカ殿で間違いないでござろう」
「……そうでしょうか」
「またまた、ハルカ殿も自覚があるでござろう? 【神龍国朧】は変わるべきでござる。ハルカ殿が吹かせた風がきっかけとなることを期待するでござる」
「そう言われると責任重大ですね……」
リョーガは目を丸くしてから、口角を上げて笑った。
「はっ、はは。拙者が欲しいのはきっかけでござる。どう変わるかは拙者たち侍が決めることでござるよ。もちろん、手を貸してくださるのなら助かるでござるが……?」
最後はわざとふざけた調子で言ったリョーガにハルカも笑った。
半分冗談、半分本気。
ハルカが気負わなくていいようにしてくれたのだとわかった。
「考えておきますね」
「それで十分でござる」
「リョーガさんってもてそうだよね」
二人のやり取りを見ていたコリンは、話が切れたところで思っていたことをポイっと投げかける。
無精ひげが生えているが、それが無ければなかなか爽やかな青年だ。
強くユーモアがあり、頭の回転も速い。
「お、分かるでござるか。しかし拙者、故郷には許婚が待っているでござるからなぁ」
「あ、そうなんだ。なのにこんなに旅してていいの?」
「そろそろようやく十五になる頃でござる。帰った頃に丁度良い年齢でござろう」
「……年下好き?」
「いやいや、家同士の約束でござるよ。〈御豪泊〉が主、【一身槍】のホオズキ殿の末娘でござる」
リョーガの父は、【神龍国朧】の南西に浮かぶ島の大名、ライゾウ=ホオズキの参謀である。家同士の結びつきを求めるのも当然のことであった。
「なかなかおてんばな娘御でござってなぁ……。機会があれば紹介するでござるよ」
「へぇ、楽しみかも」
許婚の件はコリンにもいろいろ思うところがあるのか、あれこれと質問をしていた。リョーガもそこに後ろめたい部分はないのか、楽しそうに答えていた。
なんやかんやとあって、ハルカたちが拠点へ到着したのは昼もだいぶ回った頃。
買ってきたものを所定の場所に収めたハルカたちは、仲間たちを集めて今回街であったことを共有する。
「ふーん……、なら私も一緒に連れてってもらおうかな」
エリはこれまで一応【金色の翼】に所属している身として、勝手に遠出するわけにはいくまいと我慢していたが、ヴィーチェが行くとなれば話は別だ。
「あのぅ、拙者もできれば」
エリに便乗してカオルもおずおずと手をあげる。
すっかりエリのおまけのような形で一緒にいるが、時折【朧】からやってきた面々と真面目な顔をして話している姿は見かけていた。 細かい話は聞いていないのだが、どうやらカオルも【朧】には何か問題を抱えているそうだ。
破壊者への強い敵対意識もない上、この拠点でずっと過ごしている都合上、エリに続いて今の状況については話をしてある。
義理堅い性格であるし、命と家とお風呂に誓って、決して事情を外へは漏らさないと約束してくれているので、まず裏切る心配はないだろう。
「あ、いいですよ。〈ノーマーシー〉が見たいんですか?」
「というより、破壊者が仲良く暮らしているのを見て、認識をきちんと改めたいの。結局私たち、ハルカの話を聞いただけで色々見たわけじゃないから実感がわかないのよ」
「なるほど……。……知っている顔がいる方がラジェンダさんも安心するかもしれませんし、それならお願いします」
「いや、頼んでるのは私の方」
意外と大人数でのお出かけとなりそうだ。
特に反対意見は出てこなかったので、話し合いは早めに終わった。
早めの夕食をとって、空が暗くなった頃に現れたカーミラにも事情を説明。
そこからもハルカはぼんやりとたき火を眺めて過ごす。
何をするでもなく、なんとなく最近のことを思い出しながら考えをまとめる時間だ。
隣で座るカーミラはご機嫌で膝にエニシをのせている。
それをポーッと見つめるカーミラの元犬の面々。
彼らはなんだかいつも幸せそうだ。
ちなみにハルカの膝の上ではユーリが眠たそうにしていた。
火の近くではモンタナが慎重に石を削り、少し離れた場所ではアルベルトが素振りをしている。
屋敷の方からは、コリンがシャディヤ辺りと話している声が聞こえていた。
しばらくそうしていると、小川の方からやってきたレジーナがどっかりと焚火の横に腰かける。
片手には串刺しにした川魚。
最近支流の方にもそれなりに食べでがありそうな魚がやってくるようになったのだ。レジーナに捕獲されてしまったけど。
遠火であぶるようにして魚を焼き始めたレジーナに、目を覚ましたユーリが尋ねる。
「今から食べるの?」
「腹が減った」
「あっちに行けば何かあるかも」
「うるせぇからいい」
ユーリがコリンたちがいる方を指さすも、レジーナは鼻を鳴らして拒絶。
別にコリンたちのことが嫌いなわけではなく、本当にただ単純にうるせぇと思っているだけである。
穏やかな光景だった。
この光景を穏やかで当たり前と思えることに、ハルカはしみじみとこの世界に馴染んだことを感じていた。
数日すればまた忙しく動かなければならない。
しばしの休息。
まぶたを閉じてもたき火がゆらゆらと揺れる明かりと熱を感じることができる。
ハルカはのんびりと夜の空気を感じながら、日常のあれこれに思いを巡らせるのであった。





