フラッドの報告
翌朝のんびりと朝食をとっているハルカたちの下へ、フラッドが一人でやってきた。タイミングが良かったので一緒に焼き立てのパンを頬張って、どこの何がおいしいなんて話をしているうちに、街も本格的に動き始める。
外で人が行き交うざわめきを聞きながら、フラッドは「そんじゃまぁ、一応本題を」と言って姿勢を正した。
「昨晩は俺の不手際で色々と迷惑かけたようで申し訳ない。あんな所にハルカさんたちが、それもユーリを引き連れていたんだ。きっとあの子の件で何かあるんすよね? 事情は聞かないが、面倒ごとになってたりしないすかね?」
「そうですね……、面倒ごとってこともないですよ」
色々と気は揉んだが、ラジェンダの人柄はいいし、きっと〈ノーマーシー〉で活躍してくれるだろうとハルカは信じている。
きっとウルメアの仕事が少しは楽になるだろうし、ラジェンダ自身だって街にいるよりは気が楽なはずだ。それにコボルトたちだって、構ってくれる人が増えて喜ぶことだろう。
「本当に?」
「本当です。気にしないでください」
フラッドはしばしハルカの顔色をうかがっていたが、やがて納得すると急に天井をむいて「はー……」とわざとらしくため息をついた。
「いや、ほんと、ハルカさんたちとは問題起こしたくないんすよ。俺は昔から知ってるからいいすけど、全体としてはピリピリした感じになってるじゃないすか。実は俺この間、あのチビたち……じゃなくて、双子から手紙預かったんすよ」
初めて聞く話だ。
と言っても、しばらく会っていなかったから仕方のない話だが。
レオンとテオドラだって、途中で封を開けて中身を見たりはしないだろう。
「なんかあったら、こっそりハルカさんたちと騎士団の間を取り持ってくれってね。ま、コーディさんのことだからなんか企みがあるんでしょうよ。俺は身分を取り立ててもらった恩もありますし、あの人の考え方も好きです。とにかくそんな話もあったのに、いきなり問題起こしてどうしたもんかって、けっこう焦ってたんすよ」
コーディは意外とフラッドのことを評価しているようだ。
歯に衣着せぬ言葉は時折人から嫌われることはあるけれど、恨まれるようなことはあまりない。しょうがないな、でいろんなことを済ませてもらえる人柄は、人と人の間に立つ人材としては重宝するのだろう。
「調子いいよねー、フラッドさんって」
「そんくらいの方が人生楽しいすよ」
コリンに言われてもフラッドはへらへらと笑っている。
昨晩の男らしいところも合わせれば、案外後輩なんかからは慕われていそうだ。
「ま、一応そんなわけなんで、これからもよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ。いろいろご迷惑おかけします」
「特級になっても相変わらず腰が低いすねぇ。さて、俺はそろそろこの辺りで。さぼってると思われてデクトさんにどやされたくないんで」
「人の家でご飯食べてお茶まで飲んでるんだから手遅れじゃない?」
「いやぁ、これも仕事。【竜の庭】と騎士団の関係を円満に保つための仕事ってことで」
言い訳をしながらも立ち上がったフラッドを見送るために、ハルカたちも玄関へ向かう。
ユーリが少し先に走っていって、大きな扉を開ける。
するとフラッドは驚いた顔で何度か瞬きをしてから、くしゃりとユーリの頭を撫でた。
「大きくなったなぁ。……なりすぎじゃない?」
「そうかな」
「うーん、まぁ、ハルカさんの近くだと何が起こってもおかしくない気がするんだよなぁ。ま、ユーリも気楽に楽しくのんびりやるんだぞ。あんまり急いででかくなると、ハルカさんに甘えられなくなるぞ」
最後は悪戯っぽく笑って耳打ちすると、ユーリも目を丸くして何度か瞬きをする。
「……それは嫌」
「じゃ、もうちょっとのんびり大きく成りな」
「そうする」
「よし、いい子だ」
何やらこそこそとしたやり取りが終わるまで見守ると、今度こそフラッドは外へ一歩踏み出す。そしてまた振り返ってハルカたちに言った。
「あー……、昨日の後輩のことなんすけど」
「はい、少しは元気になりましたか?」
「あ、おかげさんで。……これ、全然ラジェンダさんに伝えなくていいんすけど、あいつ、別に諦めるつもりはないって言ってましたよ。いつかまた会えるかもしれない日のために頑張るそうです」
「……探しに来たりしない?」
コリンが不審感たっぷりで尋ねると、フラッドは笑った。
「ああ、そこはしないように見張っときます。本人も自分を磨くって張り切ってるし、何か事情があるから振られたってこともなんとなくわかってるっぽいすよ」
「ならいいけどー」
「ま、今回は迷惑かけちゃいましたけど、そんなに悪い奴じゃないんすよ」
「それは昨日の様子を見てれば分かりましたよ」
「ハルカさんたちがめっちゃいい集団だってのも吹き込んどくんで」
「あんまり派手にやると、怖いお婆さんに燃やされちゃうよー」
「あの短気な婆さんならもう地元に帰ったんで大丈夫すよ。いくら地獄耳でも〈ヴィスタ〉から〈オランズ〉の噂話までは聞こえないでしょ」
よくもまぁ【神殿騎士】の中でも古株であるスワムのことを短気な婆さん呼ばわりできるものである。
ハルカたちは口には出さなかったけれど、一様に『いつか痛い目に遭うんじゃないかなぁ』と、へらへらと笑うフラッドを見ていたのであった。
新作の『転生爺のいんちき帝王学』、そろそろ5万字になりますのでよければご覧ください…!





