好きとか、あと恋とか愛とかいろいろ
「……会いに来ることもご迷惑ですか?」
「……すみません。私、別の街に引っ越すことになったんです」
若い騎士は目を見開いて狼狽える。
「何か、事情が?」
「そう、ですね」
「何か困ったことがあるのならなんだって。あ、いえ、その、あなたが好きだからということを除いても、僕は騎士ですから。そこに付け込むつもりはありませんので……!」
「ありがとうございます。でも違うんです」
余計に心配をさせるだけだと気づいたラジェンダは、しっかりと顔を上げて若い騎士の顔を見つめながら否定する。
このままでは余計な勘違いをさせて、いつまでも気に病ませてしまう。
「それなら……いいのですが」
若い騎士の方も、自分には話せない事情なのだと悟って渋々ながら引き下がった。
店内には再び沈黙。
「…………お話は、それだけでしょうか?」
「はい。いつも来てくださってありがとうございました。明日からは私はおりません」
「わかりました。でも僕は……、いえ、これで失礼します」
心なしか小さくなった背中を向けて、若い騎士はとぼとぼと出入り口へ向かう。
そしてドアを開き、そっと閉じてから、とぼとぼと夜の路地を歩き去っていった。
「あれでもダメすか?」
フラッドは去っていった後輩の姿があまりに哀れで、つい振り返ってヴィーチェに確認してしまう。
ヴィーチェもまた、確かにもったいないなとは思いながらも、渋い顔で首を横に振った。
「そういう問題ではないんですの」
「そっすか……」
こちらもまた沈黙。
何とも重い雰囲気の中、コリンが問いかける。
「フラッドさん、追いかけなくていいの? 忘れられてるけど」
「あ、そうだな。ええっと、そんじゃま、俺はこの辺で」
「またのお越しをお待ちしておりますわ」
「あ、はい、そりゃもう、また来ます」
にっこり笑ったヴィーチェが言えば、フラッドはそそくさと逃げるように店から立ち去った。
ヴィーチェたちもぞろぞろと店内へ戻ると、ラジェンダが二人が去っていった方をじっと見て黙りこくっている。
「これで話はつきましたわね」
「……本当に、これで良かったのでしょうか」
ヴィーチェの明るい声に、ラジェンダは俯いて尋ねる。
「何を悩んでますの? 本当は彼の告白に応えたかった? それとも、彼を傷つけたこと?」
「傷つけたことをです」
「ラジェンダ、うぬぼれたらだめですわ」
ヴィーチェはラジェンダの前に立ち、わざと厳しい表情を作ってみせた。
「あなたが犠牲になれば、彼が幸せになるとでも?」
「いえ、そんなことは」
「じゃあ、何が間違っていたっていうんですの」
答えられない。
正解なんてないのだから、答えられるわけもなかった。
考え込んでしまったラジェンダに、ヴィーチェは微笑んで首をかしげる。
「そういうことですわ。もし彼に悪いと思うのなら、まずあなたが幸せになるんですの。胸を張って人のことを好きになってもいいと思えるようになったら、その時にまた考えればいいことですわ」
「……はい」
静かでありながらも、意志のこもったしっかりとした頷きだった。
そしてこれからの生活に、また一つ覚悟を決めた瞬間であった。
その後もしばし言葉を交わしたのち、ハルカたちは夜道を拠点に向けて歩いて帰ることになった。すっかり暗くなっているが、冒険者であるハルカたちであれば、さほど心配する必要もない。
コリンは少々千鳥足になってはいたが、鼻歌なんかを歌って楽しそうだ。
ぷらっぷらっと時折変な方向へ進むので、その都度ハルカが指摘して道を正してやる。
「私もさー」
ぴょんと、塀の上に飛び乗ったコリンが、バランスを取りながら歩いていく。
「はい、なんですか」
「いつかさ、誰かのこと好きになって、恋とかしちゃうのかなーって思ってたんだよね」
「そうですか」
なんというか、アルベルトには聞かせ辛い話であった。
「旅してさー、色んな人みてさ。かっこいいなーとかって思う人はいたんだけどさ。結局アルと一緒にいる時の方が楽しそうだなって思っちゃうんだよねー」
「なるほど」
意外と聞かせても良かった話かもしれないと思い直しつつ、ただ相槌だけを続けるハルカ。
話はともかく、コリンが塀から落ちないかも心配だった。
「もしアルがいなかったらどんな生活するのかなーって想像してみたんだけど……、んー……。やっぱなんかさ……。…………ま、いっか」
考えているうちに説明するのが面倒になってしまったのか。
それとも夜風にあたって酔いが少し冷めたのか。
半端なところで話をやめたコリンは、塀の切れ目でぴょんと飛び、宙で二回転して綺麗に地面に着地した。
「ま、とにかくこれからも今まで通りにやっていきたいなって話」
「コリンはアルのこと好きだね」
ユーリが話をまとめると、コリンは照れ笑いをしながら振り返る。
「うん、まぁ、そういう話なんだけどね。ラジェンダさんも好きな人ができて一緒になれたらいいなーって思うよ。別にさ、一度断った人でも好きになったら好きって伝えればいいと思うし。みたいなね?」
少し早口ながらも、今日思ったことを全部言い切ったコリンは、早足で大通りを突っ切っていく。
「コリン、ここ右に曲がりますよ」
「んんー、分かってたけどね」
路地裏に入る前にカクンと方向転換したコリンに、ハルカとユーリはくすりと笑うのであった。





