想像よりもずっと純
何か思わせぶりな笑みを浮かべながら女性従業員が帰っていくと、店内はラジェンダと若い騎士の二人だけとなった。
ラジェンダはカウンターの中。
若い騎士はソファに腰かけたまま。
雰囲気は重たいような、甘酸っぱいような微妙な感じだ。
若い騎士の方は僅かな期待が残っているのか、明らかにそちらの方面で緊張しているのがわかる。
ある意味酷な状況ではあるが、どちらも誠実であるがゆえなので仕方がない。
穴を順番に覗くのはヴィーチェとコリン、それにフラッド。
気になるけれど今回もまた大人しくしているのはハルカとユーリだ。
わざわざ振られるところを覗いては、若い騎士がかわいそうなんじゃないかなぁというごく平和な思考からの判断であった。
「これさー……」
穴をヴィーチェに譲ったコリンが何気なくつぶやく。
「男女二人きりで、急に興奮してわぁってなっちゃったりしないかな」
「んなこと……、あるわけないだろ。怖いこと言うなよ」
一瞬背筋にひやりとしたものが走ったフラッド。
純朴、誠実で心優しい後輩だ。
恋した相手に何を言われたっていきなり逆上することはないと信じている。
とはいえ、この状況でそんなことが起こったらどうなってしまうのだろうと考えないでもなかった。
「私もないと思ったからこそ、こうして奥に引っ込んでいるんですの。何かあった時は先輩が責任取って下さるそうですし。そうですわね?」
「……当たり前じゃないすか。ところで、俺店内に戻ってもいいっすかね?」
「駄目ですわ。邪魔しないでくださいまし」
「はい……」
もちろんヴィーチェだってそんなことはないだろうと判断してこの状況を作っている。何かあった時はすぐさま飛び出していくつもりだし、そのすべてをフラッドのせいにするつもりはない。
単純にフラッドという男に対して、舐められることがないようプレッシャーをかけ続けているだけだ。
「……いつも、お店に来てくださりありがとうございます」
「いえっ! むしろ、ご迷惑と思いつつも、どうしてもラジェンダさんのお顔が見たくて……」
一声かけられただけで、ぴしっと姿勢を正し頬を上気させて答える若い騎士。
ラジェンダはその反応を見て、余計に申し訳ない気持ちになった。
この青年のことが嫌いなわけではなかった。
むしろ気持ちに応えることができない自分のことの方が嫌いであった。
昔からそうだ。
どんなに仲が良くても、皆のように手をつないだり、抱き合って喜ぶことができなくて勘違いをされてきた。
腹が立った時も、接触を避けるために喧嘩の一つもできない。
親代わりとなってくれたヴィーチェ相手ですら、甘えてすり寄ることができない。
ラジェンダは生まれつきこうであったわけではない。
昔々の記憶をたどれば、両親に抱きしめられたあたたかな感覚を思い出すことができた。
だからこそ余計に寂しさを知っていた。
だからこそ余計に、こんな風になってしまった自分のことが嫌いだった。
好きだと言われても返せない自分が辛い。
そもそも返せないとわかっているからこそ、新たに人を好きになることもできない。
気持ちを嫌いではないまでに留めるのは、ある種の自己防衛でもあった。
「お気持ちは嬉しいですが……、以前にもお伝えした通り応えることはできません」
「そうですか……。いいんです、僕が勝手に思っているだけですから。ラジェンダさんは気にせずにいつも通りにいてくだされば……」
「それが!」
思わず大きな声を出して言葉を遮ってしまったラジェンダは、はっとして俯く。
「それが、辛いんです。あなたみたいな良い人なら、もっと他に良い人が見つかります。私のことは、忘れてください」
店内に走る沈黙。
かじりつくように穴を覗くヴィーチェ。
聞こえてくる声にそわそわするコリン。
同じく悪い意味でドキドキするフラッド。
若い騎士は、顔を上げたまま真っすぐにラジェンダの言葉を受け止めて、困ったような顔をして笑った。
「ありがとうございます。僕のことを、気にしてくださっているんですね。辛い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「違います。ただ、私の勝手で……」
「いいえ」
はっきりと答えた青年騎士は、何かを決意したような表情で、ぽつりぽつりと語り始める。そこに先ほど赤面していた頼りない若者の姿はなかった。
「僕はあなたがすごく人の気持ちに敏い人だと知っています。先輩にこの店に連れてこられてどうしたら良いか悩んでいたところ、声をかけてくださいました。さりげなく女性の配置を調整してくださいました。忙しく働きながらも、いつも店内に目を配り、だれかが困る前に手を差し伸べていました」
合間合間に呼吸を置きながら、一つ一つを大切な思い出のように語り始める青年。
実際そうなのだろう。青年の表情は穏やかだ。
「お礼を言われると嬉しそうに微笑む横顔が素敵でした。狭い店内で、人と触れ合うのを避けるように動いていたのは知っています。なのに、一人カウンターにいる時は少し寂しそうに見えました。それを見るのが辛くて、何かできることはないかと思っていました。ずっと笑っていてくれたら、どんなに良いかと……何か、何かできることはないかと考えていたら、気付けば告白していました」
「私は、そんな大層なものでは……」
「いいえ、あなたはとても素敵な方です。僕が……」
「やめてください」
「はい、すみません」
二人が距離を空けて会話をしているからだろう。
静まり返った店内の会話は、奥の部屋にいるハルカたちにも聞こえてくる。
ハルカは『これはいったいどうなるのだろうか』とつい続きを気になっている自分に気が付いてはっとした。
盗み聞きとはマナーが悪い。
しかし、聞こえてしまうのだから困ったものだ。
一人勝手に困った困ったと考えている間にも、店内での会話は続く。





