恋とか情熱とか若さとか
「まだ来てませんわね」
つまらなそうに板をそーっと閉じたヴィーチェは、ソファに戻って唇を酒で湿らせた。先ほどまでの心温まるやり取りはどこへやら、いつものすまし顔に戻ってしまっている。
ナッツを手のひらに乗せて、ポリポリとかじりながらコリンが尋ねる。
「そういえば、騎士の人たちって大勢で来るんですか?」
「お休みの日は皆さんでいらっしゃいますわね。毎日のように来るのは、ラジェンダに懸想している子。おまけにもう一人、二人の恋愛がどうなるか楽しそうに観察している子が一人ついてきますわ」
「騎士たちの中では、二人の関係は周知の事実ってことですね」
「そうですわね。従業員のほうも知ってますわ。うぶそうな騎士の子が、店内で告白しちゃったものですから」
「わぁ……」
コリンが言葉を失っている中、ユーリがぽつりと「すごい」と呟いた。
聞き逃さなかったヴィーチェが、首をかしげながら尋ねる。
「何がすごいと思ったんですの?」
「……みんなの前で、好きってちゃんと言えてすごい。失敗するかもしれないのに。それに断られても頑張ってる」
「……なるほど、そんな考え方もありますわね」
ヴィーチェが反対側に首をかしげながら感心する。
ヴィーチェもそうだが、ハルカたちもまた、ラジェンダの事情を知っているからこそ、告白してきた騎士に対してあまり良い印象を持っていない。
しかし改めて状況を整理すると、店は開いてるわけで、断られても頑張ろうと努力しているけなげな青年のようにも思えてくる。
「実際どうなんでしょう。しつこく言い寄ったりはしているんですか?」
「いえ、それがそうでもないんですの。毎日店に来て、女の子を一緒に来る騎士の方につけて、一人で姿勢正しくラジェンダのことを見てますわ。だからこそ、余計に店の女の子も嫉妬してしまうのですけど」
「もしかして結構若いですか?」
「ラジェンダより若いかもしれませんわねぇ」
話しながら再び扉に近付いたヴィーチェは店内を覗き込んでから、そーっと板を戻して「きましたわ……っ」と声を潜めてハルカたちへ伝える。
すぐに扉の方へ向かったのはコリンで、交互に穴をのぞきながらキャッキャと楽しそうにしている。
一方でソファに残されたハルカとユーリは、ぽりっとナッツをかじりながら二人が楽しそうにああでもないこうでもないと話すのを見つめていた。
人の恋路を見るのは楽しいらしい。
折角なのでハルカも膝をポンポンと叩いてユーリを呼び、膝の上に乗せてくつろぎ始める。
「実際、告白って勇気がいると思います」
うんうんとユーリが頷くと、身体が揺らされて、その成長を感じられる。
成長が早いから、すぐにこうして膝に乗せることも難しくなるのかなと思うと、嬉しい半面寂しさもあった。
「誰かの特別になりたい。誰かの特別になろうと努力する。覚悟がいりますよね」
「うん」
「ユーリもいつか好きな子ができるんでしょうか」
「ママのこと好き」
「ありがとうございます。私も好きですよ」
「コリンも、アルも、モン君も、みんな好き。恋とかは、あまりわからない」
「ユーリもですか」
ハルカはユーリが前の世界の記憶を持っていることを知っているが、その頃どんな生活をしていたかまでは知らない。
話さないから聞かないけれど、時折にじみ出る情緒に子供らしさが垣間見えるので、若くして亡くなったのだろうと推測している。それにしては物知りだなとは思うけれど、賢い子なのだろうということで、何を疑うこともなく納得だ。
「ママも?」
「そうですねぇ」
「一緒だね」
「そうですねぇ」
「ママはどんな人が好き?」
「うーん……。話しやすくて優しい人がいいですね」
「僕も」
漠然としてほのぼのとした会話がしばらく続いている間も、扉に張り付いた二人は楽しそうにはしゃいでいたが、途中からハルカたちが混ざってこないことに気づいた。
二人して静かになって耳を澄ませていたが、その会話の和やかさに、店内をのぞいてはしゃいでいるのが少しだけ恥ずかしくなった。
ハルカとユーリの恋愛価値観がほぼ同じ赤ちゃん同然であることを聞いて、顔を見合わせて笑いながら席へと戻る。
「恋愛のお話なら混ぜてくださらないこと?」
「そうだよー、私が聞くといつも嫌がるくせにさー」
二人してハルカたちを挟み込んで、無理やり話に入ってくる。
「ハルカさん、私、お話ししやすくて優しいですわよ?」
「あ、はい」
すんと冷めた顔になったハルカが、否定するでもなくこくりと頷く。
一拍遅れてユーリも頷いてそれに追随した。
確かに普通にしていれば話しやすくて優しいのかもしれないけれど、その過程でボディタッチがひどいので、総合的に判断すると話しにくい。というか、警戒しながら会話しなければならないような人とは、お付き合いをしたくないハルカである。
「でもヴィーチェさんは、好きな人いっぱいいそうだからだめ」
答えたのはハルカではなくユーリである。
「だ、駄目ですの?」
「うん」
「ならハルカさん一筋になったら、ユーリ君は認めてくれるんですの?」
無言で十秒ほど見つめ合った結果、ヴィーチェは根負けして目を逸らした。
子供の真っすぐな視線に嘘をつくのはなかなか難しい。
ユーリの言う通り、ヴィーチェは結構気の多いタイプである。
「なかなかハルカさんの騎士君は厳しいですわね」
諦めつつハルカの体に手を伸ばそうとしていたヴィーチェは、それをユーリがじっと見つめていることに気づいて引っ込める。
流石にユーリの前であまりやりすぎると、ハルカに嫌われるような気がしての判断である。おそらくその判断は正しい。
「あ、あのさー、若い騎士さんと一緒に来てるの、フラッドさんだったよー。若い騎士さんの分も両脇に女の人侍らせて楽しそうにしてる」
「あー……」
ハルカは一瞬穴をのぞいてこようかなと考えてから、まぁいいかとその場にとどまることにする。
フラッドのそんな姿は、わざわざ覗きにいかなくたって、容易に想像することができるのだから。





