酔っ払いの告白
ぞろぞろと場所を移動したハルカたちは、ラジェンダが勤めている店にたどり着く。ラジェンダはポケットから取り出した鍵を使って入り口を開けると、「少々お待ちください」と言って、店の中の換気を始めた。
しばらくして案内されて中へ入ると、まだあまり明かりを灯していないためか店内は薄暗い。
ラジェンダは営業に使うであろうソファとテーブル、それにカウンターのある店内を通り抜けて、奥の扉を開けて「ごゆっくり」と頭を下げてその場から立ち去った。
部屋の中の棚には酒瓶がいくつも並べられており、テーブルをコの字に囲うようにソファが配置されている。
「まぁ座って下さいまし」
言われるがままにソファへ腰を下ろすと、ヴィーチェがグラスや酒の準備を始める。
「ラジェンダさんは来ないのですか?」
「あの子は店の準備。準備からお金の勘定まですべて任せてましたの。よく働く良い子ですわよ。後釜を誰にするかも考えないといけませんわね」
てきぱきと準備をしてから、食べるものがないことに気づいたヴィーチェは部屋から出ていく。
「ラジェンダ、乾きもの貰いますわよ」
「すみません、お任せしてしまって」
「準備間に合いそうかしら?」
「大丈夫です、こちらはお気になさらずに!」
どうやらハルカたちとの話が長引いたので、出勤が少しばかり遅れてしまったようだ。
「何か手伝いますよー?」
「大丈夫そうですわ。気にせず、のんびりやって下さいまし」
準備を終えたヴィーチェは、ハルカの左右をサンドイッチしているコリンとユーリを見て少し残念そうな顔をしてから、ソファに腰かける。横にいると何をするかわからないのでちょうどいい配置であった。
「強いお酒ですけど割った方がいいかしら?」
「あ、それじゃあちょっと」
強いお酒ならばロックでちびちびと飲みたいハルカは、グラスの中に丸い氷をからりと作り出す。同じくユーリのためにも氷と水を入れたグラスを用意してやっているうちに「私も」とコリンがグラスを差し出してきた。
「お酒飲みます?」
「んー、薄目で。飲めるけどおいしい! って感じではないんだよね」
「あらあら、でしたら少し甘めの飲みやすいものがありますわよ。折角だから色々と試して好きなものを見つけたらいいですわ」
氷を浮かべてやると、ヴィーチェは腰を浮かして別の瓶を手に取りコルクを指でつまんでポンと抜いた。普通は道具を使って開けるものも、一級冒険者ならば造作もなく指で抜いてしまう。
「わ、きれいな色」
薄紫色のやや濁った液体が、透明なガラスに注がれる。
濁りはゆっくりと沈殿して底にたまり、グラデーションの層を生み出していく。
「あとから果実を足して、甘く飲みやすくしてありますの。【プレイヌ】ではワインを作るためのブドウ栽培が盛んなんですわ。この辺りももう少しだけ雨が降れば、ブドウ栽培が盛んになるのですけど……」
うんちくを語りながらもヴィーチェはハルカのグラスにはもっと酒精の強いものを。同じものを自分のグラスにも注ぎ、軽く掲げてみせる。
「ラジェンダの決断に乾杯、ですわ」
「ええ、乾杯」
グラスを軽くぶつけて音を立てて、それぞれがのどを潤す。
ハルカがちびりと一口味わって飲んでグラスを置くと、なんとヴィーチェが持っていたグラスはすでに空になっており、新しいものを注ぎ始めていた。
「あ、あの、そんな勢いで飲んで大丈夫ですか?」
「今日は酔いたい気分ですの」
まるで運動の後の水でも飲むかのように、二杯、三杯、と喉に流し込んでから。
「お水頂けますかしら?」
というのでハルカがグラスに魔法で注いでやると、それもまたグイッと一気に飲み干した。
ハルカたちは目を丸くしてそれを見守ることしかできない。
四杯目をグラスに注いだヴィーチェは、ハルカにそれを差し出してまた注文。
「小さな氷を浮かべていただけますかしら?」
「あ、はい」
言われるがままに氷を作ると、ヴィーチェはグラスを揺らして浮かんだ氷を酒の中に泳がせる。
「……ラジェンダは、あまりしゃべらない子でしたわ。拾ってきたのは私ですの。体調がすっかり良くなってからも、だれと会うのにも警戒して、近づくともどしてしまうほどでしたわ。あの子がちゃんと大きくなれるのか、私、いつも心配ばかりしていましたの」
ヴィーチェは唐突に、ラジェンダとの思い出を語り出す。
ぽつりぽつりとはじまって、やがてそれは流暢に、とめどなくなった。
ハルカたちは時折グラスを傾けながら話を黙って聞く。
ヴィーチェがなぜ勢いよく酒を飲んだのか、三人共がなんとなくわかっていた。
きっとこれを語る恥ずかしさや、申し訳なさといった理性を溶かすためだったのだろう。
「随分と明るくなりましたわ。仕事も覚えて、人よりもずっとよく働く良い子に育ちましたの。……だから、ハルカさん。どうかよろしくお願いいたしますわ」
「……はい」
ハルカが神妙な顔で頷いたときには、店内からは少しずつ話し声が聞こえるようになってきていた。
外は暗くなり、女性たちはもちろん、客もすでに少しずつ入ってきているようだ。
「……さて、では覗きますわよ」
「はい?」
急に元気になったヴィーチェが立ち上がる。
意味が分からず問い返すと、ヴィーチェは扉の近くへ行くと、ドアにつけられた板をめくるように持ち上げる。
「ここ、店内が見えるように穴が開いてますの」
なるほど、どうやら意味もなくこの場所で時間を潰すことを選んだわけではないようである。
しんさくのじいちゃんみてねみてねみてね!