説明の難しさ
「案は、あります。ありますが、条件がかなりあります。環境的に厳しいとか、そういう話ではないのですが……いや、どうなのでしょう……。とにかく、あるにはあります」
ウルメア一人では中々あれこれを回すのは大変だろう。
おそらく真面目というか、几帳面な性格をしているから毎日休まず働いているはずだ。ヴィーチェをして能力的には高いといわしめる彼女であるならば、十分にそのサポートをこなせる気がする。
ウルメアは人のようなものだが、あちらはあちらで人とのかかわりを持ちたいタイプではないから、相性としても悪くない。
「条件はなんですの?」
問題は条件だ。
まず、どこまでヴィーチェに対して状況を伝えるのかが一つ。
加えて、〈オランズ〉に帰ることが非常に困難であることが一つ。
ラジェンダ自身が、あの環境に馴染めるかどうかという問題もある。
もし馴染めなかったとしても、秘密を握ってしまった以上『やっぱり街に帰ります』も難しい。
「……私を信頼して必ず受け入れると約束してくださらない限り、条件すら話せません。これをお伝えすることが、今の私からの精いっぱいの誠意です」
あまりにも情報が少ない。
普通に考えてこんな説明で頷いてくれる人はいないだろう。
ラジェンダだって当然不安そうな表情を浮かべている。
「当然、こんな怪しい話を受け入れてほしいと言っているわけではありません。でも、無理を言ってあなたを拒絶しているとも思わないでいただきたいんです。例えば【竜の庭】の拠点で受け入れることはできます。新しく作っている海辺の村だってそれは可能です」
「でもねー、そっちじゃ結局人がいるからさ。拠点は確かに街に比べれば人は少ないけど、未婚の男の人だっているし。それは海辺の村も一緒。ま、拠点の方なら、事情さえ説明しておけば大丈夫だとは思うけどね。私のいない間、拠点のお財布管理とかしてもらえたら助かるし」
こう並べればいいことばかりな気がするが【竜の庭】の拠点は、人と人が密接にかかわって暮らしているからこその居心地が良い空間なのだ。ものの場所、必要な物資の確認。食事や買い物。
いくら拠点に暮らす人たちがラジェンダのことを許容したとしても、ラジェンダがしっかりとした優秀な人材であればあるほど、人に気を使われて生きていくのは辛いはずだ。
『人』と関わりを減らしたいのならば、間違いなく〈ノーマーシー〉にいる方がラジェンダのためになる。
ヴィーチェは両手を顔の前で合わせて、体を前のめりにしながら考える。
しばしの沈黙の後、ヴィーチェは背もたれに体を預けた。
「ラジェンダ。少しだけ外へ出ててくださる?」
「……わかりました」
ラジェンダが部屋から出て扉をゆっくりと閉じる。
重い扉が閉まると、空気がぱちりと引き締まったようであった。
「事情、私にも話せないかしら? ハルカさんのことは街へ来た頃から知っているわ。不利益になるようなことはしないと約束もできますわ。信頼して細かな事情を教えていただけませんこと? いくらハルカさんのことが信頼できると言っても、あんなに不安そうなラジェンダをそのまま送り出すことはできませんの」
「それならば……」
やはり拠点で預かることもと提案しようとしたハルカのまえに、ヴィーチェの開いた手が差し出される。
「でも、条件付きの提案の方がきっと幸せになれると、ハルカさんもコリンさんも思うのでしょう? ならばそちらを選ばせてあげたいのが親心ですの」
「親心……」
「なんですの」
「いや、なんでもないけどー……」
ラジェンダは二十前後に見える。
それに親心って、と思ったわけである。
「……私が年齢を言えば教えてくださるのであればお答えいたしますわ」
「あ、いえ、それは結構です」
「私の年齢、気になりませんの?」
「半々くらいかなー……」
ハルカも同じ感想だ。
聞きたいような、聞きたくないような。
少なくとも二十そこそこでないことは確かなのだろう。
「これからも変わらずお付き合いいただくことと、口外しないことさえ約束してくださればお話しします」
ヴィーチェには出会った頃からずっとお世話になっている。
下心や先行投資みたいな気持ちはあったにしても、それでは済まないくらい色々と気にしてもらった。
例えば冒険者としてやっていくのにさりげなく目を配ってくれていたし、今も使っているプレゼントされたローブだって、相当に値の張るものであったはずだ。
ハルカはまだ何も返せていない。
恩返し云々の話ではないが、自分のためではなく、自分が世話をしてきた女性のためにここまで真剣になれるヴィーチェを、ハルカは信用しようと決めた。
「教えてくださいまし」
「…………ヴィーチェさんは、犬、好きですか?」
「……ええ、好きですわ」
ジャブが遠すぎたようで今一つ飲み込めないヴィーチェが首をかしげる。
「例えば、二本足で歩き、無邪気な子供のように話しかけてくる勤勉な犬がいたらどう思いますか?」
「かわいい、ですわね」
冒険者をしているのだ。
ここまで話せばハルカがコボルトの話をしようとしているのではないかと、なんとなく察しが付く。
「私、コボルトはまだ見たことがありませんの。ただ……、吸血鬼と巨人、それにガルーダと小鬼は戦ったことがありますわ」
流石一級冒険者であり先輩である。
なかなか破壊者との戦闘経験が豊富だ。
「ガルーダは、どんな依頼でした?」
「山のふもとにある村から子供を攫っていったので討伐しましたわ」
「なるほど……」
人里付近に住んでいればそんなこともあり得るだろう。
現状だとなかなか説明が難しそうな経験値となっているように思える。
特に吸血鬼、巨人、小鬼はかなり悪さをする可能性があることをハルカも知っている。
残念ながら突破口となりそうなガルーダも、出会いだか環境だかが非常に悪かったようだ。
「気にせず話してくれて大丈夫ですわよ?」
ハルカが言葉に悩んでいると、苦笑したヴィーチェから助け舟が出される。
「……すみません、失礼しました」
「大事なことなんだから当たり前ですわ」
悩むというのはイコール、ヴィーチェのことを信用していないともとれる。
謝罪の意味をすぐに理解したヴィーチェは、穏やかな表情でハルカの次の言葉を待つのだった。