もこもこでふわふわで能天気な生き物なーんだ
「とりあえず必要な買い物を済ませてからでも? その間に作戦を立てましょう」
ハルカの提案に乗って、四人は買い物に出かける。
いつも通り街を歩けばあれこれと貰い物をして、ついでにその店で予定していないものも買うことになる。
荷物自体はいくら増えたって、ハルカが障壁でかごを作って運べばいいだけなので問題ないのだが、いつの間にかその中に勝手にものを入れるような店主もいるから困りものだ。
時折喋っている間に買った記憶のない商品が紛れていたりする。
これで代金を請求されるのならばたちの悪い強請りなのだが、店主らしき者に代金を支払うと言っても、知らない話だとすっとぼけられてしまう。
コリンは貰えるものは貰うスタイルだし、ヴィーチェも「人気がありますわね」と知らん顔だ。「困りましたね」とユーリに同意を求めても、嬉しそうな笑顔が返ってくるだけなので、こちらもあまり意味はなかった。
とにかく必要なものを買って回りながら話し合った結論として、とりあえず女性本人に話を聞いてみようという流れになった。今の時間ならば下宿にいるはず、と言って、ヴィーチェは先にハルカたちから離れ、その女性に声をかけに行く。
ハルカたちは買い物をすませ、荷物を置いてから【金色の翼】の拠点へと向かう。
「ヴィーチェさんの前では聞き辛かったんですが、街で結婚をしない方って、結構多いのでしょうか?」
「んー、あんまり。特に夜の仕事をしている人とかは、安定した相手を求めるものだよ。特定の誰かが好きとかじゃなくて中身が良ければ、見た目なんかもそこまで気にしないものだし……」
手に職を持っていないと、街で安定した生活を送ることは中々に難しい。
仕事全体をざっと見た時、細かい作業よりも力仕事が求められる傾向にあるためか、どうしたって女性よりも男性の方が仕事にはありつきやすい。
手先の器用さなどを活かした仕事もあるにはあるが、それだからずっと一人で頑張ろうという女性は稀である。
家族だって早く結婚をするようにと勧めてくる世界だ。
店を開くにしても、夫婦で協力してやらなければ難しいことも多く、できることならば伴侶は欲しい。冒険者に関してはその限りではなかったが、街で普通に仕事をして生きていくのであれば、一人より二人という考えが一般的であった。
一応コリンに話を聞いて予習をしながら、【金色の翼】の拠点へと到着する。
扉のノッカーを鳴らすと、すぐに出迎えの少女が現れ、ハルカたちを部屋へ案内してくれた。
街へ出たついでに適当に買ってきた甘いものの山を渡すと、キャッキャと喜んで去っていく。
「こら、走ったら危ないですわよ」
「はぁい」
注意の声と共に入れ違いで現れたのはヴィーチェだった。
すぐ後ろには、焦げ茶色の髪をした女性だった。
前髪をピンでとめて額を出し、長く伸びた髪は後ろですべて編んで一本にまとめてある。正面から見るとショートカットにも見えるような髪型で、額を出しているからか余計に中性的な見た目であった。イーストンといい勝負だ。
「私なんかのためにご足労いただき申し訳ありません。ラジェンダといいます」
ヴィーチェがハルカたちに対面するようにさっさとソファに座ったのに対して、ラジェンダは自己紹介と共に丁寧に頭を下げた。
「お気になさらずに。何か力になれるかもしれないのでお話を聞かせてください」
「ありがとうございます」
ラジェンダは隙間を空けてヴィーチェの隣に腰を下ろすと、小さくため息をついて目を伏せる。
「状況はヴィーチェさんからお話しした通りです。私は何をお伝えすればいいでしょう」
「んー、大体でしか聞いてないからさ。ラジェンダさんってその騎士の人が嫌いなわけじゃないんだよね?」
「ええ、まぁ。むしろ誠実で素敵な方だと思います。問題があるとすれば私の方で……」
ラジェンダは困ったように眉尻を下げる。
だんだんと声が小さくなっていったのは、後ろめたい部分があるせいだろうか。
「問題について、教えていただけますか?」
「……お恥ずかしい話ですが、私、誰かと結婚をするというのが考えられません。肌が触れ合うことも得意でなく、数十秒も触れているとくらりとしてしまいます。これは男女問わずです。正直言いますと、閉鎖した空間で他の人とともにいるだけでも、段々と息苦しくなってくるくらいです」
「その理由についてはあまり聞かないでいただきたいわ」
先んじてヴィーチェが忠告をする。
おそらく人に話すべきではない過去があるのだろう。
そのような状況で良く立派に仕事をこなしているものである。
「それを騎士の方にお伝えすることは?」
ハルカが提案すると、ラジェンダの表情はさらに情けないものになった。
人と触れ合うのが苦手だという割に表情の変化がわかりやすい。きりっとした容姿であるにもかかわらず、ころころと変わる表情は、なるほど魅力的にうつるかもしれない。
笑顔なんかを貰った日には、初めに抱いた印象からのギャップでころりと恋に落ちる人がいるのも納得であった。
「しっかりと話をつけろと言うのであれば、やりましょう。ただ、今回の件に限らず、うぬぼれでもなく、これからも似たようなことは起こる気がするのです。ハルカさんであれば、もしかしたらそれを解決できるかもと聞いて、ヴィーチェさんにこうして紹介をしていただいた次第です」
「ええと……。なるほど、今回の件を解決して、それから街を出たい、ということになるでしょうか?」
とはいえ拠点に来たところで人はたくさんいる。
港を作っている村だって、あまりそういったことへの配慮が得意でなさそうなテセウス一家がいるばかりだから、あまり適切な場とは言えないだろう。
「はい。できることならばあまり人と関わらなくても済むような仕事があると……。つい先日、ずっと一緒に暮らしていた愛犬も寿命で亡くなってしまって……、街にいるのもつらいですし……」
話しているうちにどんどん小さくなって声もか細くなっていくラジェンダ。
ハルカもどんどん感情移入してしまい、すっかり何とかしてやりたい気持ちでいっぱいだ。
「この子、小さな時から他の子と一緒に寝られないから、その代わりに子犬を一匹世話させていたんですの。亡くなるまでずっと一緒にいたものだから、最近はすっかり元気もなくて……」
ヴィーチェも慰めてやりたいようだが、抱き寄せるとそれはそれでラジェンダが辛いだけなので、どうにも困ってしまっているようだ。
「……犬は大丈夫なんだ?」
何かをひらめいたような顔をして、コリンが尋ねる。
「大丈夫というのは、触れあっていてもという意味ですか?」
「うん、そう」
「もちろん。犬でも猫でも、皆が苦手な蛙や蛇でも。人でなければ大丈夫です」
「あ」
遅れて気付いたハルカが声をあげる。
「何かいい案が浮かんだのかしら?」
「あ、えーっと、そうですね。うーん……、ちょっと待ってくださいね」
しかしあのコボルトの楽園は、あまり知られるべきではない場所だ。
ヴィーチェの問いかけに、ハルカは答えを濁らせながら考え込むのであった。