夜の恋路
ハルカはコート夫妻に挨拶をして街の拠点へ上がる。
ナギの姿が窓の外に見えなかったので街へ来たことに気づいていなかったようで、二人はのんびりとお茶を飲んでくつろいでいた。
団欒の場を邪魔してしまって申し訳なく思いつつ、ヴィーチェを中へ招き入れる。
「あ、そちらでゆっくりしていていいですから」
「いえ、お湯は沸いてますから」
「すみません、いつも急で」
「いえいえ、この建物の管理と皆さんを歓迎するのも私たちのお仕事ですから」
夫のダスティンが高い場所に置いてある茶葉を取り出している間に、妻であるダリアがカップの準備をする。かつて〈ヴィスタ〉で忙しく働いて、会話もろくになかった二人とは思えない仲睦まじい連携であった。
ハルカは自分の行動を振り返って、時折本当にこれで良かったのかと反省することがある。しかしこの二人とサラに関して、現時点では招いてよかったと素直に思うことができていた。
「少し話をしたら出かけますから、お二人もゆっくりしてください」
お茶を出してもらって夫婦をソファのある方へ返し、ヴィーチェと向き合う。
ヴィーチェも目を細めながら大人しく二人が去っていくのを見送る。
「いいですわね」
「何がです?」
「結婚して、子供ができて、仕事があり、穏やかに語る時間がある。良い人生ですわ」
ハルカはヴィーチェの年齢を知らない。
ヴィーチェはいつも楽しそうにしている。街の女性冒険者をさりげなく気にして世話をしてやり、独り身の女性に仕事を探す毎日だ。
そのため実力は確かでも、圧倒的に街にいる時間が長い。
……というか、街で勢力を築いているタイプの宿主はあまり冒険に出ないものなので、これが普通なのかもしれないけれど。
ハルカのフットワークが軽すぎるという説もある。
それはともかくとして、ヴィーチェが夫婦をうらやましそうに眺めるのは、ハルカにとって意外だった。この世界に来たばかりのころから知っているからか、毎度ボディタッチばかりされてきたせいなのか、なんとなく浮世離れしたイメージを持っていたのだ。
しかし改めて考えてみれば、時折見せる宿主としてのヴィーチェの顔はいつだって地に足がついたものだった。
ハルカが横顔を見ながら考えていると、「さて」と言って正面を向いたヴィーチェと目が合った。
ゆるりとした笑みをたたえた表情には余裕がある。
「今日は相談事があってきましたの」
「はい、そうでしたね。以前の頼み事の話ですか?」
「うーん、そちらも含めてなんですけど……、今回は別件ですわ。実は最近私がお世話している子が、執拗に付きまとわれて困ってますの」
「はぁ、付きまとい、ですか?」
困った相手ならば、【金色の翼】のヴィーチェが出禁と言い渡せばそれで済みそうなものである。どうとでもなりそうな案件を、わざわざハルカの下へ持ってくるのが不思議だった。
「まあそう不思議そうな顔をしないで聞いてくださいまし。実はその付きまといの相手というのが、〈ヴィスタ〉からやってきた騎士の方なんですの」
「え、直接言った方がいいんじゃないの?」
「交流があるから代わりに、という話だったらまぁ……」
規律がしっかりしているはずの騎士だから、デクトに一言言えば何とかなるはずだ。
「本人の言葉を借りて、付きまとい、と言ったのが悪かったですわね。実際には手順をもって、店の管理業務をしている子に求婚している、が正しい状況ですわ。騎士団の皆さんは応援しているようですし、店にとっては他の騎士の方々は上客ですの」
「……悪い話ではなさそうですが」
「もしかしてよっぽど求婚してきてる人が変な人だとか?」
ヴィーチェは珍しく深くため息をついて首を横に振った。
それから状況を淡々と語る。
話によればその店は、直接体で接待をするような店ではなく、お上品にお酒をたしなむ店なのだそうだ。
騎士たちは普段の客層である小金持ちたちよりもよほど上品に遊ぶし、体は引き締まっていて若いものが多い。接客をする女性たちからすれば、見初められて婚約まで持っていければ、正に玉の輿である。
〈オランズ〉は離れることになるかもしれないけれど、引っ越し先が〈ヴィスタ〉になるというのならば文句だってでない。
問題であったのは、求婚された女性が、接客を担当しているものではなかった点だ。
彼女の容姿は確かに整っているのだが、一方で頭の回転も速く、そもそも恋愛も結婚もしたくないという。だからこそ、接客ではなく店の運営の方でバリバリと働いていたというのに、こともあろうかその騎士は、そんな彼女の働く姿に一目ぼれしてしまったのだとか。
何とか躱し続けているが、控えめながらもその騎士のアプローチは続き、断る数が増えるにつれて他の女性たちからの嫉妬も受けるようになる。
これまでも幾度か似たようなことがあり、その度にはっきりと断り続けてきたその女性は、いい加減うんざりとしているのだそうだ。どこかほかにもっといい仕事先がないものか。できるならば〈オランズ〉ではない場所で働きたい。
「と、相談があったからこうしてやってきましたの。〈オランズ〉ではない働き場所と言われると、信頼ができる心当たりはハルカさんくらいですわ」
「なるほど……、それはなんともまた……」
色恋沙汰に詳しくないハルカには縁の遠い話である。
それはともかく、相談相手としてはどうやら適切であるようであった。





