少しずつの成長
ハルカはユーリが剣を持つ姿を見て、危ういなと思った。
ユーリの身長と比べて随分と長い剣。
一般的なロングソードのようだが、今のユーリでは体が振り回されてしまいそうに見える。しかしいざ軽く振っているところを見ると、驚くほどぴたりと剣先が止まるではないか。
ユーリが身体強化を使えることは知っていたが、ちゃんと安定して出力することができているようだ。
打ち合いの相手はモンタナがやるようだった。
ハルカから見てもユーリの表情は緊張しているようだったが、いざ始まってみれば動きは素早かった。
モンタナに軽くあしらわれているようにも見えるが、それは当たり前のことだ。
むしろ軽くあしらえるくらいに、綺麗に形ができているともいえる。
なんとなくアルベルトの動きをほうふつとさせるような、基本に忠実な動きをしていた。
モンタナがユーリの振り下ろした剣を受け流し、脇を通り過ぎる。
とんとんと地面を蹴って距離を取ったところで、振り返ったユーリは手元からウォーターボールを撃ち出した。
ウォーターボールはまっすぐに目標を違えることがなかったが、モンタナはひょいっと首をかしげてそれを回避。続けて走ってきていたユーリの一撃もバックステップで避け、また広く距離を空ける。
モンタナは平然としているが、ユーリはやや息が乱れ始めたくらいだろうか。
剣を納めたモンタナは「おしまいです」と宣言をして、ユーリと一緒にハルカの下へと歩いてくる。
「どうです?」
「なかなかのもんだろ。俺たちの戦いや訓練をよく見てたからな。案外しっかり基礎ができてんだよ。留守番してる間に色んな奴にも教わったみたいだしな」
「そうそう、体術も覚えがいいんだよねー」
モンタナが得意げに言えば、アルベルトも嬉しそうにユーリの動きを説明した。
見てはいないがコリンも体術に関して褒めている。ちなみにハルカは慰められはしても褒められたことはほぼない。
まず間違いなく、ハルカより体術の才能があるようだ。
なにより近距離でしのぎ、距離を取られれば瞬時に魔法に切り替えられるのは強みだろう。ハルカが当たり前のようにやっている詠唱破棄は、不意打ちのタイミングで圧倒的なアドバンテージを得ることができる。
今回はウォーターボールを使ったようだが、もしウィンドカッターを使っていれば、不可視の刃が相手を襲うことになる。
「ちょっとは安心できた?」
一緒に見ていたエリがハルカに笑いかける。
ここに入り浸るようになってからは、ユーリと一緒にノクトから魔法を教わることが多かったエリだ。ユーリの願いをなんとなく察していたのかもしれない。
「そうですね……」
よく見ているようで見えていないものもたくさんあったのだろう。
魔法もよくわからない部分が多いままで使っており、剣術だって体術だって駄目。
だからハルカはユーリの戦いの教育には一切かかわっていない。
それでもユーリがたくさんの努力をしてきたことは理解できた。
もちろん、まだまだ第一線で戦うには不安しかない。
「まだまだなのはわかってる。ちゃんと後ろにいるから……」
その上ハルカの言いたいことも分かっているらしい。
見上げながら安心させようとそう言ったユーリを、ハルカはかがんで抱きしめた。
「よく頑張ってますね」
「……うん。でも、皆と一緒に戦いたいから、もっと強くなれるように頑張る」
「……楽しみにしてます」
無理しなくてもいい、とか、頑張りすぎないようにとか、そんな言葉を飲み込んで、ハルカは前向きな言葉をユーリに伝えた。
ユーリもハルカも、人とのコミュニケーションに器用な方ではない。
だからこそ、互いに相手の様子をよく観察しているし、大事にしたいからこそ言葉をしっかりと選ぶ。その関係はゆっくりで時折もどかしくなるようなものであった。
血がつながっているわけでもないのに、なんとなく似た者親子であり、それが二人の関係なのだろう。
仲間たちはそれを知っているからこそ、二人がぽつりぽつりとやり取りするのを、口を挟まずにのんびりと見守るのであった。
さて、出かけるメンバーが決まったところではあるが、すぐに出発というわけにはいかない。
港の分や拠点に足りなくなったもの、それに旅に必要な物資を街へ買いだしに行く必要があった。ついでに神殿騎士たちが不穏な動きを見せていないかなども確認しておく必要がある。
せっかくなのでこのまま、ユーリと、同行を希望したコリンを連れて、ハルカは街へと向かう。
これから長距離の飛行をすることもふまえて、今回はナギの背に乗らず、試験飛行のつもりで障壁に乗っての移動を開始する。
一応全体を流線形にすることによって風の抵抗とかをなくしてみたりしたのだが、普段の形状と比べて速度に変化はないようだった。
魔素の消費についてもハルカには自覚がないからさっぱりわからない。
見る人が見れば効率は良くなっているのかもしれないが、過ごす空間の快適性を考えれば特別形を変える必要はなさそうだ。
直接街の壁を飛び越えて街にある拠点の庭へ降りると、壁の上に登っていた監視の冒険者がそれがハルカたちであることを確認してすぐに外へ目を戻す。
そもそもこんなやり方で街へ入ってくるのはハルカだけなので心配はいらないが、万が一のために目で追いかけていたようだ。ナギがいれば一目瞭然だが、障壁に乗っていると分かりにくいのは監視の冒険者にとって少々厄介だった。
表通りにまわって街の拠点へ入ろうとしたところ「あら、ハルカさん」と上品に声をかけられる。条件反射でさっと心構えをしたハルカであったが、どうも今日は珍しく何もしてこない。
「ちょうどいいときに来ましたわね」
変なことをしなければ立派な宿主。
【金色の翼】のヴィーチェが可愛らしくこてんと首をかしげてそこに立っていた。





