ユーリの希望
どちらが正しいかなんてわからない。
コリンやノクトは、ハルカが気づいたことがわかっていて立ち去ろうとしていたが、この後ハルカが上手くユーリに声をかけることができたかは定かではない。おそらく低い割合だが、もう少し様子を見るという選択をすることもあっただろう。
どれを選んだところで悪い未来が訪れるわけではないが、だからこそ、アルベルトが声を上げたこともまた、この場にいる全員にとっての選択肢の一つであった。
ユーリが言葉に迷っていると、アルベルトは立ち上がってユーリの後ろへまわってあぐらをかいた。そうしてユーリの脇に手を入れて持ち上げて、自分の足の上に座らせる。
「よし、言え」
「アル、ちょっと強引すぎ」
「いいから言え、ほら。お前は我慢しすぎ」
コリンは注意したが、アルベルトはそれを無視して更にユーリに喋るよう促す。
「一緒に行きたい、けど、危ないし、迷惑かかるから」
ユーリは自分が大事にされていることをよくわかっている。
頑張って棒を振り回したり、魔法を使えるようになったりしているけれど、それでもまだまだアルベルトたちには及ばない。体だって成長しきっていないから、どうしたってバランスが悪いし、体力だってまだ足りない。
安全そうなときは連れていってくれるし、この言葉がただのわがままでしかないことも分かっていた。だからずっと抑え込んできたし、今日だって我慢するつもりでいた。
実際アルベルトさえ声をあげなければ我慢できたはずだ。
いつもと違って言おうとしてしまった理由は、最近一緒にいられない期間が長かったことがひとつ。それにハルカたちがいない間に、アルベルトやモンタナに自分用の剣を用意してもらったことがひとつ。そしてハルカが一緒に行く人を募っていたことが最後の理由であった。
もちろんハルカはユーリが手をあげることなんて想定していなかったけれど、ここで『一緒に行きたい』と言ったらどうなるんだろう、という想像がユーリの口を僅かに動かしたのだ。
ユーリはハルカの顔を見るのが不安で目を伏せていた。
絶対に自分を傷つけるようなことは言わないだろう。
でも、困っているような表情をされるのも少し怖かった。
一方でハルカは、短い間に様々なことを考えていた。
まず『一緒に行きたい』と聞いて、何かもっととんでもない秘密でもあったのかという、特に理由もない不安が解消される。
それから、小さな子供を連れていくには【神龍国朧】は危険な場所だという常識が頭に浮かぶ。当然血を見るような場面も多数あるだろう。教育にも……、なんて考えてから、ユーリはこれまで一緒に旅をしている間で、とっくにそんなものを見慣れていることを思い出した。
なら後の問題は、単純にユーリの身の危険である。
ひいては、自分がユーリを危険にさらしたくないだけである、とハルカは気づいた。
この世界に来てからハルカたちと出会うまでのユーリの人生は酷いものだった。
ハルカはユーリが平和で穏やかに暮らせる環境を整えてやりたいのだ。
一方でユーリは、ハルカたちと一緒に旅に出かけられるような冒険者になりたいと思っている。
言うなれば、親の希望と子供の思いのすれ違いだろう。
ハルカはユーリのことを思っているし、ユーリも賢いがゆえにハルカの思いをくめてしまう。だからどちらもが行動を起こさなければ、ずっとすれ違い続けてしまう。
ハルカはアルベルトに感謝していた。
もしアルベルトが言ってくれなければ、もう少しの間すれ違いは続いていただろう。
どこかで気付けたかもしれない。どこかでユーリがはっきりと言えるようになったかもしれない。でもその瞬間が少しでも早く訪れて良かった。
「おい、前向け」
アルベルトがユーリの頬を両手で挟んで顔をあげさせる。
目を閉じているユーリの顔を見て、随分と気を遣わせてしまったのだなと、ハルカは申し訳ない気持ちで心がいっぱいになった。
アルベルトに助けられたとはいえ、ユーリが出した精いっぱいの勇気を、ハルカは絶対に否定しない。したくない。
「じゃあ、今回は一緒に行きましょうか」
ユーリが目を開けて、笑みを湛えているハルカを見て何度か瞬きを繰り返す。
もっと優しい言葉が来るとばかり思っていた。優しくて優しくて、割れ物のように大事に扱う言葉が。
「でもちゃんとみんなの言うことは聞かないと駄目ですよ。頑張っているのは知ってますが、危ないところへ行きますから」
だからハルカがこうして注意してくれることが嬉しかった。
「……うん、わかった、大丈夫」
「……というわけで、今回はイースさんも同行していただけませんか?」
許可はしたものの過保護が発動したようだ。
ハルカは戦力を増やすことを決めて、さっそくイーストンに声をかける。
行かなくても戦力は十分に足りてるだろうと留守番するつもりであったイーストンだったが、ユーリのため、ハルカの頼みならば断る理由はない。
「いいよ」
「あの、師匠も……」
「ハルカさん」
続いてノクトにまで声をかけたハルカの言葉が、待ってましたとばかりにさえぎられる。
「僕は留守番をしておいてあげます」
ぷかぷかと浮いたまま去っていくノクトは、段々と遠ざかりながらハルカに課題を残す。
「まったく心配性ですねぇ。大丈夫ですよ、もうちょっと自分と仲間を信じなさい。これも勉強ですよぉ」
そもそも戦闘能力がないトロウドについては、到着してから終わりまで、障壁で守って移動する予定だったのだ。そこにユーリが加わったことでやることは変わらないはずなのに動揺し過ぎである。
そんな目の泳いでいるハルカにモンタナが近づいて声をかける。
「ハルカ」
「な、なんでしょうか」
「明日、ユーリの剣の腕と魔法の腕、改めて見てあげるですよ。どれくらい戦えるか知っておくの大事です」
「あ、そうですね。確かに……」
「はいはい、じゃあまた明日ってことで今日は解散」
コリンが手を叩けば、アルベルトはユーリを抱えたまま立ち上がり、一緒に自分の家へ戻っていく。今日はユーリを自分の家に泊めるようだ。
にっかりと笑いながら「よく言った」とユーリのことを褒めており、ユーリもそれを受けて照れ照れと笑う。
二人の関係は微笑ましく、まるで年の離れた兄弟のようにも見えた。