きざし
状況の説明をしたところ、ここを護衛してくれていた二人の意見は二つに分かれた。
「あたしも行く」
「拙者は留守番でござるな。この村で護衛でもして待つでござるよ」
リョーガが断るのは意外だったが、よくよく思い返してみれば、リョーガはエニシに協力するという話しかしていない。
「エニシ殿も留守番でござろう?」
「うむ、まぁ、行成には申し訳ないがそうだろうな。もし我の姿を見られたとして、それがサイカに伝わればどう動いてくるのかが予測つかぬ。できることならば決着をつける準備をしてから戻った方が良かろう」
「いえ、当然の判断です。エニシ様はエニシ様の目的に注力ください。随分と世話になりました。無事に国を取り戻したあかつきには、及ばずながら必ず私たちも御助力いたします」
「ありがたい話だ。しかし今はお主も自分の目的に集中するがよい。良い結果を楽しみにしておる」
「ありがたきお言葉」
主従関係ではないにしろ【神龍国朧】という国においてエニシの存在は特別である。父である行連が目をかけていたこともあるし、今回の旅では随分と精神的にエニシの世話になった行成だ。
畏まってしまうのも当然のことだろう。
「拙者が〈北禅国〉の紛争に加担すると、それをきっかけに〈御豪泊〉へ戦を仕掛ける可能性もあるでござる。支援できるとしても無事に国を取り戻してからでござるな。あとのりをするようで気分を害したら申し訳ないでござるが」
「滅相もございません。もし国を取り戻したとして、私はまだ若輩。その先にも苦難が待っていることでしょう。そんな時にリョーガ殿の御助力をいただけるだけでもありがたいことです」
リョーガはざりっと顎の無精ひげをなでて笑った。
「なんだか一回り二回り、大きくなったようでござるな」
「いえ、今回の旅はお恥ずかしい話ばかりで……」
「そう言えることが成長の証でござる。先日までの行成殿は膨れきった種のようで、いつ爆ぜてしまうか心配であったが……。大門殿も少し落ちつかれたか?」
「察せられるほどひどかっただろうか。まこと、お恥ずかしい」
主従揃って恐縮するのを見てリョーガは笑った。
「いやいや、ふらついているばかりの拙者なんぞにそんなに恐縮せず。たわごとと聞き流すくらいで丁度いいでござる」
「いやいや……」
「しつけぇ」
殺伐としたお国柄であるというのに、遠慮合戦みたいなものはあるらしい。
リョーガと大門のきりのないやり取りに、煩わしくなったレジーナが拳で地面を殴った。
リョーガが咳ばらいをして話を続ける。
「まぁ、拙者は引き続きここの護衛を務めるでござる。ここしばらく見ている限り、一人いれば十分でござろうからな」
「ありがとうございます。必要なものがあれば遠慮なく仰ってください」
予定が決まったところで、辺りを見回してみるが、テセウスとその子供たちの姿は見当たらない。
夜までに拠点に戻るつもりでいるから、声をかけるためにハルカたちは村の跡地を海に向かって歩いた。最後列にはナギがものを踏まないようにのっしのっしとついてきている。
ハルカも気にしてできるだけ広い場所を歩いてやったものだから、少しばかり海にたどり着くまでに時間がかかった。
海辺につくと、テセウスたちがずらりと並び、木の枝で作った簡単な釣り竿をたらしている。すでに並べられた桶の中には、魚が山盛りになっていて、今日の食事には困らなさそうだ。
この世界の漁業者は、これまた中々たくましいようである。
「すみません、そろそろ私は出発します。ここの護衛はこちらのリョーガさんが担ってくれますので、何かあれば相談してください。あまり間を空けず必要な物資を届ける予定ですが、何か欲しいものはありますか?」
「丈夫な縄。いろんな種類のものをあればあるだけ頼む」
テセウスが海を向いたまま答えると子供たちが「すんません、親父が不作法で」と謝る。ハルカは笑って「気にしないでください」と答えてから、テセウスの言葉を復唱した。
「わかりました、丈夫な縄ですね」
コリアには話し合いの中で必要なものを聞いているので、それらと合わせて買ってくればいいだろう。〈北禅国〉へ出発する前に準備をして運び込んでおくつもりだ。
ハルカはテセウスたちにここで不便な思いをさせるつもりはない。
船乗りは海にいる時間が長い。
だからコリアたちはここの所属、というよりも、ハルカたちの仲間として世界をまわってくれる仲間だ。しかしテセウスたちは違う。純粋にここの住人として生きていくことを選んだのだ。
いわばこの村の第一村人である。
テセウスは頑固な男だが、長年子供を立派に育ててきた実績がある。
いずれここが大きくなっていっても、責任を持ってうまく村を回していってくれることをハルカは期待していた。
ハルカはこの世界に来てから考えたことがある。
居場所がない人たちに居場所を作りたいと。
拠点もそうであるけれど、この港もまた、その考えの延長上にあるものであった。
テセウスたちを置いて、レジーナを拾ってハルカたちはナギの背に乗り込む。
村を離れて夕焼けにきらりと海が輝くのを見ながら、ノクトがぽつりとつぶやく。
「あそこもまた、賑やかになりそうですね」
気持ちを察するのが難しい一言だった。
昔と違う光景を嘆いているようにも見えたし、新たな門出を喜んでいるようにも見える。いつもならば遠慮して黙ってしまっていたところだが、ハルカは静かに言葉を口にした。
「いい街にしたいと思っています」
希望ではなかった。
多少なりともそうするのだという意志がこもった言葉を聞いて、ノクトは横目でハルカを見上げる。
「そうですねぇ」
のんびりとした穏やかな同意だった。
ノクトは長く生きてきたからこそ、変わりゆくものを知っている。
悲しみや怒り、憎しみの感情が少しずつ小さくなっていくことも、弟子がいつの間にか少しずつ成長していくことも。
だからノクトは、茜色にきらめく海を見て、ふへへと間の抜けた声で笑った。





