そのままがいいから
「また、勝手なことを言ってご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません」
「いいんですよ。そんなに落ち込まないでください」
今回もまた失敗してしまった行成であったが、ハルカはそれが悪いことだとは思っていない。
これから国への帰還が上手くいった場合、行成は一国の領主となるのだ。
そうなれば失敗のすべてが多くの人の目につくようになるし、それが原因でうまくいかないことだって出てくるだろう。ぎりぎり今が失敗の許される時なのだ。
これから重責を負うことになる十代半ばの少年にとって、ハルカたちといる間に多くの失敗を積み重ね、学びを得ることが将来の財産になるはずである。
「私たち三人が黙っていれば、誰も知ることもありません。私のようにあまり及び腰でばかりいるのも良くないですからね」
「ハルカ殿が……及び腰ですか?」
行成からすれば、優しいところはあっても誰の前でもしっかりと背筋を伸ばして対応しているのがハルカだ。年齢だって行成の知るところによればせいぜい五歳くらいしか変わらない。
広大な領地を治め、仲間から信頼を得て、他国の王とも対等に話している。
命を助けられたことを加味しなくても、行成にとってハルカの存在は遠くにいる憧れのようなものであった。
「はい。まぁ、冒険者になったのもアルたちに背中を押してもらったおかげですからね。様々な出会いに助けられて、たくさんの失敗を重ねて少しずつ成長……できていたらなと思っています。行成さんはいきなり重責を背負うことになって大変でしょう。失敗は怖いでしょうに、思い切って今日の話をしたこと自体は立派であったと思います」
思い出せば失敗ばかりだ。
ハルカは行成くらいの頃何をしていただろうと思う。
多分、高校受験を控えて真面目に淡々と勉強をした頃だ。
親の庇護下で金の心配もせず、それでも心が晴れぬと正体も分からぬ悩みを抱えながらパッとしない毎日を送っていた。もちろん人と命のやり取りなんてしたこともなかったし、使命感もなかった。
もし他国の指導者なんかに出会ったら緊張で声も出なかったことだろう。
それを思えば行成は大したものだ。
勇気がある。責任を自覚している。自分がどう生きたいかをすでに知っている。
「励ましてくださり……ありがとうございます……!」
行成は奥歯をぐっと噛みしめながら言葉を絞り出す。
ありがたいけれど情けなかった。ハルカの本音の言葉は、今の行成には慰めのように聞こえてしまったようである。
ハルカは本当にそう思っていると伝えたくなる気持ちを我慢する。それはどんな方向に転んだとしても、きっと行成の感情を大きく揺さぶることになるだろう。
このくらいの年の子が涙なんか見せたくないだろうと思って言葉を飲み込む。
ならば話題を変えようと、先ほどから気になっていたエニシに質問を投げかける。
「それで、体調は大丈夫ですか?」
「うーむ、だるい」
「何かありました?」
「うむ。実はな、昨晩から今朝にかけて未来読みをしたのだ」
ハルカが肩のあたりに手をかざして治癒魔法を使うと、エニシはふーっと息を吐いて体の力を抜いた。それから椅子へ戻ろうとするハルカの手を捕まえて、隣に座るようベッドを叩いてみせる。
「以前は毎日のようにしていたはずですが、そこまで疲労するものなのですか? 私に会った時はもっと気軽にやろうとしていましたけど」
「いや、その通りでな。もともとはそこまでひどく疲れるものではなかったのだ」
エニシに言われるがままベッドに腰を下ろすと、立ち上がったエニシがハルカの足の間に入り込んで、背中でハルカをベッドの奥へ追いやる。先ほどまで立派に巫女様をしていたはずなのに、今度は甘えモードに入ってしまったらしい。
こんな感じで本当に巫女総代にもどれるのか、ハルカはちょっとだけ心配になった。信頼を強く感じる部分もあるので、だからといって拒否はしないのだけれど。
勝手にとられた手がエニシの太もも辺りに置かれて、その上にエニシの小さな手が重なっている。
「ではなぜそんなに?」
「うむ。気になることがあって昨晩と先ほどで、二度、行成の未来を視た。どちらも見えるまでにひどく時間がかかった上、視えたものが違った。近しい時をのぞいているはずなのに、状況が違うように視えた、というのが正しいのだろうか」
「どういうことですか?」
「分からぬ。だが、これで我は確信した。ハルカに近しい者の未来を視る時、我の能力はまともに機能しない。試しにこの屋敷の若い者を数人、朝夕とこっそりと視させてもらったのだが、特別変わりはなかった。だが、大門を見ると、行成と同じように未来が変わっていた。ハルカに近しい者を視るほどブレが激しくなり、疲労がひどくなる」
ハルカは返事ができずに沈黙してしまった。
それはつまり、エニシの力がうまく作用しなくなったのはハルカのせいだということになる。何をどうしたらいいのかわからないけれど、自らが起因でエニシの人生をめちゃくちゃにしてしまったのだと考えれば、咄嗟に言葉が出ないのも仕方がなかった。
「ハルカ、我は別に何かをハルカのせいにしようと思って話したのではないのだ。結局うまくいかなかったことの殆んどは、我の力不足によるものだった。甘さや、まあ良いかと手を抜いた結果が、あの瞬間にしわ寄せとしてやってきただけだと思っておる。この話を聞いたからといって、ハルカは気にせず自由に生きてほしいのだ」
エニシは初めからこの話をしたかったのだろう。
だから疲れている中やってきて、顔を見ず、逃げられないように体重も預けている。重ねられた手はいつの間にかしっかりと指が絡んでいた。
「エニシさん……」
「それでも何か背負ってくれるというのなら、今まで通り我と接してほしい。このことでハルカに遠慮されるのが嫌なのだ。だからといって事を秘密にしておくのも嫌だった。きっとこれはハルカだって知っておくべきことだと思うのだ」
ぎゅっと握られたエニシの手は僅かに汗ばんでいる。
「手がひどく冷たいな」
それは血の気が失せているからだ。
可能性としては考えていたが、本当にそうらしいと本人から言われると現実味は一気に増してくる。
「……元来、未来というのは誰かの行動によって刻々と変化していくものなのだ。きっとハルカ以外にもそんな存在はいるのだろう。しかし【神龍国朧】においては、長く同じような風習で暮らしてきたせいで、その変化が乏しかった。それだけの話だと我は思っている。だからハルカよ。先ほども言った通り、ハルカにはハルカの思うままでいてほしい。我はそれに助けられた。行成だって、きっと他の多くのものだってそうだ。よっぽど変なことをしそうであれば、我だって気付いて止める。そこに師匠もいるし、頼りになる仲間たちもいる。だからなぁ、頼む」
心臓の動く音が自分に聞こえるようであった。
後頭部を胸のあたりにうずめているエニシには、きっと聞こえているに違いない。
ハルカはつまりそうになる呼吸を、何とか意識的に繰り返して、ゆっくりと大きなものへ戻していく。
エニシの言葉には説得力があった。
何より、ハルカに対する大きな思いやりがあった。
だから素直に受け入れることができた。
まったくもって受け止め切れず、悩みや疑問は溢れかえっているけれど、それでもエニシの言葉に是と答える勇気はもてた。
「……私は、冒険者なので」
先ほどノクトの言っていた言葉を思い出す。
「……自由に、でも、できるだけ人が悲しまぬように辛くならぬように生きていきたいな、と」
「なら今までと変わらぬな。うむ、良いことだ」
所信表明のようになっているハルカの言葉を聞いて、エニシは握った手を軽く上下に動かしながら笑った。
ついに千三百話となりました~~~。
いっぱい書きましたねぇ……。
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