お誘い
「何か御用ですか?」
ヤマギシは直立のまま振り返ると、首を傾げた。獣人族の子もまた、何のために声をかけられているのかわからないのか、座ったまま首だけを少年の方に向けて無言でじーっとそちらを見つめていた。
二人の淡々とした反応に怯むことなく二人はがたがたと机を動かす。4つの机で円卓のようなものを作ると少年はバンバンと机をたたいてこう言った。
「ほら、俺たち同期だろ? こんな風にタイミングが合うって珍しいことらしいぜ」
「そうそう、つまり、交友を深めましょうってことなのよ!」
「あ、そうですか、なるほど」
獣人族の子は相変わらず無言で、ダークエルフの反応はそっけなかった。ヤマギシとしてはそんなつもりはなく、なるほど納得しましたというつもりだったが、持ち前の無表情が他人には反応を薄く感じさせていた。別段急ぐ用事もないし、わざわざ話しかけてくれた厚意を袖にする理由もなかったので、ヤマギシは元いた席に腰を下ろす。
「反応薄いなー、お前らー」
少年は口をとがらせて、不満を隠さずにそう言うが、かといって怒っている様子もなかった。すぐにニカっと笑って、また話し出す。素直で明るい少年なんだろうなと好印象を受けた。
「俺はアルベルト=カレッジ、14歳! ずっと冒険者になりたかったんだ。おやじが元冒険者だったから結構鍛えられてて強いぜ!」
少年は腰に下げられた剣の鞘をパシパシと叩く。その剣は装飾はなく、年季を感じさせるものだった。もしかしたらお下がりなのかもしれないが、汚れた様子がないのを見ると、少年がその剣を大切に扱っているであろうことが察せられる。
「私はコリン、アルベルトと同い年の、小さなころからの腐れ縁ね。一人で放っておくとすぐ死んじゃいそうだから、一緒に冒険者になることにしたの」
コリンの言葉に、頼んでないとか、なんだとかギャーギャーと一通り騒いだ後、二人は同じタイミングで無口な二人に向き直った後、キラキラとした期待に満ちた瞳を向けた。息がぴったりなのは幼馴染ならではだろうか。
これは自己紹介を求められているのだろうと、ヤマギシが口を開こうとすると、先に隣から淡々とした抑揚のない声が聞こえてきた。
「…モンタナ=マルトー、です。ドワーフの息子です。軽めの剣と小さな盾を使って戦うです」
ピンと耳を立て、尻尾をふさっと振りながらモンタナは胸をはった。言葉はたどたどしかったが、彼もまた冒険者志望の少年らしい心を持っていたようだった。その瞳はキラキラと輝いているように見える。
ヤマギシは自分が今、どんな風に相手の瞳に映っているのか気になった。冒険心のないことを、及び腰の姿勢を見透かされたくなかった。彼らにそう思われることが、何故だかとても恥ずかしいことであるように感じたのだ。
二回り以上離れた子たち相手に、一番最後に自己紹介するというのも、やっぱりなんだか情けなかったが、ここで黙って立ち去ることなどできるはずもなく、ヤマギシは彼らに続いた。
「ハルカ=ヤマギシです。おそらく17くらい。争いは……、不得手です」
そう話しながら、ヤマギシは思う。あれ、なんだかふわふわしててやっぱり一番情けないな、と。
「ふーん、じゃあヤマギシがファミリーネームで、ハルカが名前なんだな? んじゃあハルカって呼ぶことにする。俺のことはアルでいいぜ」
「私もハルカって呼ぶー!」
ぽつぽつと返事を繰り返しているうちに、すっかりと距離を詰められてハルカは目を白黒とさせていた。若いというのはパワーだ。自分も今若くなっているはずなのだが、どうにも精神がおじさんなので、勢いについていけなかった。
ちらりと横を見るとモンタナがぼんやりとハルカの方を眺めていた。ハルカは何故見られているのかわからず目を逸らして気まずい気分になっていると、アルベルトがテーブルから乗り出してモンタナに尋ねる。
「んで? モンタナはドワーフ族の子なんだよな?」
「です」
「んでも獣人族だよな?」
「そです」
「なんで?」
プライベートにぐいぐい突っ込んでくるアルベルトに、ハルカはまたこっそりモンタナの方を窺っていたが、彼はまるで動じた様子はなかった。
「おっきな鳥に攫われて、拾われたです。なので冒険者して、血のつながったお父さんとお母さん探すですよ。いろんなところ見て回ってみたいです」
彼にとって、それはもう自分の中で決められた話らしく、しれっとそう答えた。血がつながってないことをどうとも思わないくらい大切に育てられたのだろう。
モンタナの話を聞いたアルベルトとコリンは顔を見合わせてニヤッと笑った。
「なぁなぁなぁ、それじゃあさ、俺たちとパーティ組まねぇ? そんで色んなとこに一緒に冒険に行こう!」
モンタナは長毛の尻尾を自分の膝の上に乗せ、ふぁさふぁさとしばらくいじる。天井を見たり、ここにいる自分以外の3人の顔を順番に眺めたりして、たっぷり時間をおいてから、シンプルに一言で返答した。
「ん、いいです」
ハルカは嫌な予感がしていた。これが、パーティに誘うために集められたんだと、ここに至ってようやく気付いたからだ。ハルカの予定だとこれから地道に街での仕事を繰り返し、ラルフへの借金の返済をしたのち、その辺の商家にでも雇われて平和に暮らすはずだった。いや、そうしなければいけないと思っていた。
しかし、おかしいぞ、とも思う。この胸の高鳴りは本当に嫌な予感の焦りからくるものなのだろうか?
「んで、ハルカも一緒に冒険するよな?」
「え、あー、私ですか?」
「武器持ってないし、魔法とか使えるんだろ?」
「いえ、どちらかと言えば頭脳労働をしようかと……」
「どちらかというと、ってことは魔法も使えるの!? やった、ちゃんと戦える魔法職は貴重なのよっ!」
コリンがやったやったと、喜んでいる。私はまだ加入すると言っていないのに、とハルカはかかるプレッシャーに胃を痛めていた。そもそも自身がどれくらい魔法が使えるのかを理解していないものだから、安易に答えるのも憚られたのだ。
「一晩、考えさせてもらえませんか?」
まずは魔法がどれくらい、どのように使えるか確認してから返事をしておきたかった。そうでないとこの子たちの足を引っ張ってしまいかねない。
そう思って返事をしてから、自身が加入に対し前向きに検討していることに気づかされた。流されてこんなことを決めてしまっていいんだろうか、と思いながら食い下がる彼らに「前向きに検討しますから!」と逃げるように言い残した。
ハルカは気づいていながら無視をしていた。
この胸の高鳴りは、小説で、漫画で、ゲームで、想像で、夢で、主人公やそれに重ねた自分自身が、冒険に旅立つときに鳴り出す鼓動と同じであることを。
すぐに断らず明日に返答を回した時点で、実はその答えはすでに決まっていたのかもしれない。