思い立ったが
押しに負けたようにテセウスを引き取ることにしたハルカであったが、いくつか約束事をした。
「わかりました。ただし約束として、住民となる皆さんや私たちと良好な関係を築くように努力していただきたいです。うまくいかない時はその度ちゃんと話し合いましょう」
何か言いたげな顔をしたテセウスの言葉を待たず、ハルカはさらに続ける。
「私がご案内する場所は、今から港町を作ろうという場所です。衣食住は保障しますし、現状細かな決まりもありません。何か新しく決める時は、もちろん住民であるテセウスさんにも相談するようにしましょう。……そんな感じでどうでしょうか?」
「……そういやそもそもそれはどこにあんだ。あんた、冒険者じゃなくてどっかの領主なのか?」
ハルカは常に持っている手帳を取り出して、戯れに描いたこの辺りの大まかな地図を見せる。現在位置と港を作っている場所を教えると、テセウスは「案外近いな」と白髪交じりの髭が生えた顎を撫でた。
覗き込んでいた子供たちも、これなら船で会いにいけるとほっとしたようである。
「【独立商業都市国家プレイヌ】では、何もない場所に作った村や町は、そこの長に様々な権利が渡されます。この港に一番近い拠点を持っているのは、私たちの宿である【竜の庭】です。すでに壁で囲ってある程度の安全は確保していますし、仲間のドワーフと小人たちが鋭意港や船を作っているところです。」
宿と聞いてテセウスは何かを思い出すようにしばし首をかしげてから、ハルカに問いかける。
「そういやあんたの名前聞いてなかったな」
「あ、失礼しました。……宿【竜の庭】の特級冒険者、ハルカ=ヤマギシと申します」
「…………お前、まさかあれか? あの南にあった公爵の城を半壊させたっていう竜に乗った冒険者か?」
「…………半壊は、させてないです」
ちょっと上空から攻撃したり、壁をぶち破ったり特徴的な塔をへし折ったりしたことは認めるが、機能的には半壊というほどのことはしていないはずだ。というか、バルバロ領から公爵の城がある場所まではそれなりに距離がある。あまり旅をすることのない街の人であるテセウスが、なぜそれを知っているのかが謎だった。
「あの、なにか噂とか流れているんですか?」
振り返って問いかけるとバルバロは笑った。
「連れてった兵士たちがな。遠目に見ても竜に乗った冒険者が暴れたってことくらいはわかったから、それなりに噂してるんじゃねぇのか? 俺はその冒険者の名前を聞かれてハルカだって答えただけだぜ」
「あ、そうですか……」
半分くらいはバルバロのせいだが、本人は悪いと思っていないようである。
実際冒険者の実績としては大したものだし、体制側のためになることをしているので、怖がられることはあれど悪い評判にはなりにくいだろう。
「ええと……。むやみやたらに暴れたりはしませんが、大型飛竜と中型飛竜がたくさんいるので、竜には慣れていただけると助かります。移動も竜に乗っての移動になりますから」
「おい、バルバロ様よ」
「なんだよ」
「俺をとんでもない場所に厄介払いしようとしてるんじゃないだろうな」
「まさか」
バルバロは珍しく動揺しているテセウスの姿が面白いのか、やっぱり機嫌よさげに笑いながら答える。
「いい場所だってのは保証するぜ。あんたみたいなやつは村の立ち上げみたいな場所じゃ重宝されるだろうよ」
「そうかよ。……おい、ガキども」
テセウスは今回スリを働いた三人と、それを叱っていた少女に向かって声をかける。
「俺と一緒に行くか、他のガキどもとこの街で暮らすかだけ」
「一緒に行く! また無茶しないか心配だもん」
「俺も一緒に行く!」
少女と少年が声をあげると、残りの二人もこくこくと頷いた。
テセウス自身はこの街に残った方がいいと思っていたが、子供たちが望むのならば拒絶するつもりもない。一も二もなく決めた子供たちに、誇らしい気持ちを覚えつつ、面映ゆくて仏頂面をした。
「そんなわけだから俺とガキ四人だ」
「いや俺も行く」
「私も」
テセウスが宣言すると、もう一人前となっているはずの子供たちまでついて行くと声を上げ始めた。
「馬鹿野郎。俺が何のために街から出ていくと……!」
「馬鹿は親父だ。無理ばっかするから心配なんだよ。親父に育てられたやつ皆に声をかけるからな。他にも一緒に行きたい奴らはいるはずだ。なぁ、ハルカさん、いや、ハルカ様。どれくらいなら一緒に行ってもいいですか?」
「さんでいいですからね。……まぁ、とんでもない数にならなければ構いませんよ。でももし一緒に来てくださるのであれば、頻繁に街へ帰れないことだけはよく理解しておいてくださいね」
港予定地を囲った壁は、かつての村全体をカバーしている。
家を建て直したとしても、数百人が暮らす程度には困らない敷地の広さがあった。
「ま、ちゃんと港ができりゃあ定期便出してやってもいいけどな。〈オランズ〉って木工細工が盛んだろ? そのやり取りだけで、互いにちょっとした利益になるぜ」
「その辺はコリンとも話し合った方がいいかもしれません。とにかく、そんな感じですので……ええと……。どうしてこうなったんでしょう」
「迷惑だったか?」
うまく収まりそうだったから、強引に話を進めた自覚がバルバロにはある。
よく表情を観察しながら尋ねると、ハルカは困ったような顔をしながらも笑っていた。
「いえ……、助かります。港を作る以上、村として住民が必要だとも考えていましたから」
もともとはヴィーチェ辺りに声をかけて、街に居場所がない人たちを招くことも考えていた。その先駆けとして、漁師の技術を持ったテセウスたちが来てくれるのは大いに助かる。
ただ単純に、テセウスの思い切りの良さや、棚から牡丹餅のような展開に困惑していただけである。
「じゃ、それで決まりだ」
「移住できる日が決まれば連絡をください。そうしたら迎えに来ますから」
「三日くれ」
「三日で、いいんですか?」
「いい」
「親父、俺兄貴たちにも伝えてくる!」
「私も!」
テセウスが期限を切ったとたん、子供たちはばらばらと小屋から飛び出して散っていくのだった。





