真打?登場
子供たちがはらはらしながら見守る中、一人だけ別の意味でハラハラしているのはハルカにスリを働いた子である。これ、無事に治ったらめちゃくちゃ怒られるんじゃないか、という気持ちで汗をだらだらと流しているが、病気はなんとか治ってほしい。
治癒魔法を使用した時間はものの数十秒。
これでも随分と気を使って慎重にやったので時間がかかった方だ。
途中でノクトに止められなかったことにほっとしながら、ハルカはかざしていた手を正座していた膝の上に戻す。
「体調はどうでしょうか」
父親はそんな直ぐに治ってたまるかと怒鳴り散らそうとして、体が随分と軽いことに気が付いた。こぶしを握れば力が入るし、寝返りすら億劫だったはずの体が、すんなりと起き上がる。
子供たちがわっと喜び、父親に声をかけたり、ハルカに礼を言ったりし始めていた。
ただ、この治癒魔法がでたらめでなかったことによって、先ほどのノクトの言にもかなり真実味が帯びてしまう。
父親は何をするよりも先に立ち上がると、複雑な表情をしている息子の下へと歩み寄った。
「あ、親父、その、治って良かった……」
「おい、スリをしたのか」
「し……」
してない、と言おうとして顔を上げた少年は、頑固で厳しい皺だらけの顔をした父親と目が合って、思わず目を逸らした。嘘をついたって意味がないことはわかっている。
「した。したよ! なんだよ、追い出すなら追い出せよ!」
思わず余計なことまで言って後悔した。
このまま家からたたきだされる覚悟をしていた。
ハルカも思わず庇いそうになって片膝を立てた瞬間、父親は反抗する少年のことを強く抱きしめていた。
「馬鹿野郎。俺のために余計なことするんじゃねぇ」
少年はぽかんと口を開いた後、その目じりにジワリと涙をにじませる。
「お前らもだ! 俺は治してくれなんて頼んじゃねぇだろ。新しい船を作るだとか、嫁に行く準備だとか、金なんていくらあっても足りねぇはずだ。俺はガキどもの世話しか頼んでねぇはずだぞ」
頑固な父親なのだろう。
身勝手で、自分本位な男なのだろう。
それでも子供たちが何とか病を治したいと願ったのは、これがそんな父親だからだったのだろう。
「子供ってねぇ、気付いたら親の言うこと聞かなくなってるものらしいですよぉ」
ノクトが知ったようなことを言うと、男は眉間の皺をさらに深くして舌打ちを一つ返した。一応恩人に対して随分な態度である。
「ごちゃごちゃうるせいやい。これから馬車馬のように働いてやるから、もうちょっとだけ待ってろ」
そう言うと男はぐすぐすと涙を流している少年との抱擁をやめる。
そして、むんずと服の腰のあたりを掴むと、片手で少年を宙づりにした。
「それはそうと……、人様にスリを働くたぁどういう了見だ! このクソガキ! もう二度としねぇって約束だっただろうが!」
「わぁああ、ごめん! ごめんなさい! ごめんなさい!」
少年はつるされたまま尻を何度も何度もたたかれる。
網や竿を握り続けてきた働き者の父親の手は武骨で硬く、尻であっても叩かれれば無駄に痛む。
「お前だけでやったのか!」
「あ、あいつらも! いたっ、ごめんなさい!」
協力関係を暴露された下の子たちはあわあわとしながらも、その場で固まってしまっている。
「逃げるなよ!」
「ひゃい!」
固まっていた子供たちが震えながら返事をすると、それからもうしばらく少年の尻を叩いてから、父親は下の子たちの下へ向かう。
家族内の躾、と見過ごしていいのかぎりぎりのところだ。
床にうつぶせになりしくしくと泣いている少年の下へ寄ったハルカは、こっそりと話しかける。
「あの、お尻に治癒魔法かけましょうか?」
「うるせぃや、俺が悪いんだからほっといてくれ……」
しつけは半分くらいうまくいっているようである。
少年は痛みを感じながらも、父親が悪さをしても自分たちを見捨てなかったことにほっとしていたし、元気に怒鳴り散らしている姿が嬉しかったのだ。
ハルカに憎まれ口をたたきながら、ごろりと仰向けになって起き上がろうとした少年は、叩かれた尻の痛さに思わず小さく悲鳴を上げる。
そして慌ててうつぶせに戻ると、上目遣いでハルカに言うのであった。
「ごめん、やっぱり治してくれ……治してもらえませんか?」
お仕置きが一通り終わって、少年が父親の後に続けて上の兄弟たちに小突き回されてしかられている中、ハルカたちと父親は正面から睨みあっていた。
にらみ合っていたというより、父親が一方的にハルカとノクトのことを睨みつけていた。
「で、治療費はいくらなんだ、ええ?」
ノクトはにこにこしているが、ハルカは正座に戻って神妙な顔をしている。
脅されているのがどちらかわからないような構図である。
「え? 何の話ですかねぇ?」
「とぼけやがって、どれだけむしり取るつもりだ」
「ふへ、ふへへへ」
ノクトはふへふへと笑い、凄む父親をまったく怖がる様子がない。
強面でずっとやってきた父親からすれば、まだまだ子供のようなノクトが余裕綽々でいるのは酷く不気味であった。
何を要求されるのかと悩んでいると、ノクトが隣で姿勢正しくしているハルカを見上げる。
「治したのはハルカさんなんで、ハルカさんに聞いてくださいねぇ」
「え!?」
「ほう……」
驚くハルカと標的を変える父親。
立場がやっぱりおかしい。
「あ、いや、私はですね……。ええと……、あの、そうだ」
「何でも言いやがれ、何でもだぜ」
「あ、えーと……保留とか……」
「保留だぁ!?」
「あ、ちょっと考えるんで待ってくださいね」
完全にノクトに任せきりなつもりだったハルカは困ってしまっていた。
今更脅すような態度に怯えているわけではないのだが、突発的な交渉には弱いハルカである。できれば入念に調査の上準備の時間が欲しい。
そんな時、壁をノックする音がして長身のガタイのいい男がぬっと家の中に入ってきた。
「おーい、なんか騒がしいな。必要な薬草持ってきて……。ん? なんでハルカたちがいるんだ?」
「勝手に入ってくるんじゃねぇ!」
「おいおい、めちゃくちゃ元気になってるじゃねぇか、どういうことだよ」
領主に向かって怒鳴りつける父親。
寝たきりだと思い込んでやって来たバルバロは状況を飲み込めていないし、突然やってきたハルカも驚いているばかりだ。
どうやら事態はまだ収束しなそうである。





