次々と現れる
「おい……、大丈夫か?」
「あ、兄さん」
後ろからぞろぞろと現れたのは、先ほどハルカを警戒していた若い男だった。
同じく若い男女を数人連れて、ハルカやノクトのことを不審そうに見ている。
「お兄さんですか?」
「そうだけど、親父の家へ行くんじゃなかったのか? なんでこんな所に……」
「そうだ、兄さん聞いてよ! この子たちがね!」
「あっ、やめろって!」
上の子が文句を言って少女に食って掛かるが、少女はその頭を押さえたまま、兄さんと言う人たちに事の顛末を伝える。すると見る見るうちに表情が険しくなったその男は、上の子の頭に拳骨を落とした。
「すみません、ご迷惑おかけして」
「だからもう謝ったんだって!」
「このガキ、反省してねぇだろ!」
無理やり頭を下げられた子が反論すると、更に拳骨が落とされる。
家庭の方針となると、まぁまぁと諫めづらいのが難しいところだ。実際この子は悪さをしているし、反省の色もやや薄い。
冒険者に喧嘩を売ってただで済むことの方が珍しいのだから、本来はしっかり注意をする方が正しい。父親と言う人を治してあげたら、きちんと注意をしてもらおうと思っていたのだが、その前段階であっちこっちから叱られまくっている。
それにしたって頭部に攻撃を受けすぎなので、そろそろ脳細胞の数とかが心配になってくる。せめて下の子たちのように、大人しく下を向いていれば怒られないのにと思うハルカである。
「あんた、昨日飛んでいた竜と一緒に来た冒険者の人だろう? バルバロ様の友人と聞いてピンと来たよ。本当に申し訳ない。おい、タンタン、お前どんな人に悪さしたかわかってるのか? 昨日のあのでかい竜連れてる冒険者だぞ。お前なんか指先で殺されちまうんだからな!」
周りを囲んだお兄さんお姉さんがたが「そうだそうだ」とはやし立てるのを、ハルカは微妙な面持ちで聞き流していた。実際指先すら動かさずにできるかもしれないけれど、まるでそれを実行するやばい奴みたいに言われるのは、少しばかり不本意である。
「まあその辺りで。それにしても御兄弟が多いんですね」
「ああ、いや、兄弟って言ってるけど、俺たち全員が血のつながりがあるわけじゃないんだ。親父に引き取られて育てられただけで……」
「……孤児院、のようなものをやっているんですか?」
「いや、なんかそういうのじゃないんだよな。親父が勝手にやってることっていうか……」
どうも歯切れの悪い言い方だった。
なるほど、もしかしたら〈オランズ〉における【悪党の宝】みたいなものなのかなとハルカは想像する。あちらはそれで裏社会を統括しているから、ここの父親に世話された子たちもそうなのかもしれない。
それにしては妙にフレンドリーだし、スリをしちゃいけない、みたいな良識もあるようだが。
いや、もしかしたらハルカが冒険者であると知ってそんな装いをしているだけなのかなと、探りの目を向けると、青年は慌てて首を振った。
「あ、いや、悪いことしてるとかじゃないんだよ。ただその、親父がものすごく頑固なだけで……」
「はぁ、頑固ですか?」
「なんか、バルバロ様は支援してくださるって度々言ってるんだけど……。世話になったらいざってときに言うこと聞かなきゃなんねぇだろって言って……」
「そんな方じゃないって言ってるのに……」
「ねぇ、病気にまでなってるんだからいい加減折れてほしいよね……」
青年がため息をつくと、周りの若者たちも全面同意する。
おそらく散々説得した後のことなのだろう。
その瞳には諦めと、父親という存在への誇らしさのようなものも見えた。
とはいえ、それで体を壊して病気が治せないのでは困ったものだ。
挙句子供がスリをするなんて危ない真似をしている。
どんなに立派な信条を持っていようとも、子供の罪は親の責任である。
ハルカは頬を指先でかいてから、子供たちに向けて提案する。
「それじゃあ、とりあえずそのお父さんに治癒魔法を使いたいので、お時間ある方は皆さんご一緒にどうぞ」
「……いいのか?」
「心配でついてきていたのでしょう? 構いませんよ」
頑固で、子供は悪さをしたようだが、子供たちからすれば、心配してハルカの後をつけてくるほどに慕われているのだ。上の子のスリだって、父親を何とかしてやりたいと思うからこその暴挙である。
ハルカの言葉に甘えてか、兄弟たちは皆で顔を見合わせて、ぞろぞろとハルカの後についてくることになった。先導はなぜかハルカの方をキラキラした目で見つめている、先ほどまでえらく反抗的だったはずの少年である。
途中ですすっとハルカの横へ近寄ってくると、小声でハルカに問いかけてくる。
「なぁなぁ、あの竜連れてるってホントか?」
ああ、そうかとハルカは納得して笑った。
笑った途端に少年も周りにいた若者たちも、あれっという顔をする。
難しい顔ばかりしていたハルカだったが、顔がほころんだとたん驚くほどやさしそうに見えたからである。
「はい、ナギっていうんですよ。今は街の外にいるので、近くで見たいのならばあとで連れて行ってあげます」
「い、いいの?」
「ええ、いいですよ。大きいですけど大人しいいい子ですから。これくらいの卵の頃から一緒にいるんです」
「卵でけぇ!」
ハルカが手で卵の大きさを示すと、少年が驚いて大きな声をあげる。
これも意外な反応でハルカは思わず笑ってしまった。
ハルカとしては今のナギの大きさを知っているから、卵がどんなにちいさかったかを語ったつもりだったからだ。
「そうですね。大型飛竜の卵は大きいんです」
ナギの話をしながら歩くこと数十メートル。
「あ、あそこが俺たちの家」
到着した彼らの家は、横に広く、何度も手を加えて拡張されたようなぼろ屋であった。





