お姉ちゃん
二人は教えられた家のあたりに向かい、その辺を歩いている人に声をかけて場所を尋ねる。不審者を見るような目でじろじろ見られたが、バルバロの友人であることを伝えると「それなら……」と言って場所を教えてくれた。
「……なんだか妙に警戒されてますね」
少し離れた所でハルカが言うと、ノクトはちらりと後ろを見てからハルカを見上げて笑う。
「ハルカさんが怪しいからかもしれませんねぇ」
「私ですか?」
「はい。僕ってあまり警戒される方ではないので」
「……まぁ、確かに私は目立つ方かもしれませんが」
見た目はともかくとして、別に近所の人まで警戒する必要はないんじゃないかなぁとも思う。
「それに、なんか、誰かついてきてますよね?」
「あ、気付いてたんですねぇ」
「さっき家を教えてくれた人でしょうか?」
「そうですねぇ」
あからさまに振り返って確認しないのはこれ以上警戒させないためだ。
ノクトは先ほど振り返った際に、さっきの男の他に数人の視線と居場所を確認したが、わざわざそのことをハルカに伝えたりはしない。
攻撃的な意思はないし、なまじあったとしてもハルカの丈夫さを考えれば気にする必要もないからだ。そのうちちゃんと気付けるようになるといいのだけれどという、師匠的な視点もあってのだんまりである。
「馬鹿! なんてことしたの!」
「だ、だって!」
「だってじゃない!!」
家が近づいてくると、路地から大人と子供が言い争うような声が聞こえてくる。
覗いてみると、そこにはほおにそばかすを散らした女の子が、先ほどの子供たちに拳骨を落としたところだった。
順番に三つ拳骨を落とした少女は、未だこぶしを握り締めたまま三人の子を睨みつける。上の子はともかく、下の子二人はもうすっかり涙目だ。
「ちゃんと謝って許してもらったの!?」
「謝ったようるさいな!」
「偉そうにするんじゃない!」
もう一度拳骨が落ちれば、上の子は頭を押さえて少女を睨みつける。
さらにもう一発追加されそうな気配を感じて、ハルカは覗きをやめて声をかけることにした。
「あの、すみません」
「あ、はいっ、なんでしょうか!」
きびきびと返事をして振り返った少女と、一斉に顔を青くした先ほどの子供たち。
彼らからすれば、こんな所まで追ってきやがったぞって感じだろう。
「すみません、ちょっとその子たちのおうちに用事がありまして……」
少女はハルカの格好を上から下まで見て、じろりと子供たちの方を睨む。
「まさか……」
「あ、別に怒って追いかけてきたわけじゃありませんので」
フォローのために声をかけてあげると、上の子が得意げな顔をして少女を見上げる。
「ほらな。俺ちゃんと謝ったもん」
おそらく自分がひどい悪さをしたとも考えていないのだろう。
育ってきた環境による倫理観の欠如であると思われる。
「あの、本当ですか?」
少女が不安そうに尋ねると、上の子は生意気にも話を合わせろとでもいうかのように、パチパチとウィンクを送ってくる。
「いいえぇ。盗んで捕まったらお金を投げつけて逃げていきましたねぇ」
「あ、馬鹿、おい!」
ハルカが悩んでいるうちに、隣にいるノクトがのんびりとした口調で答えると、少女は即座に振り返って上の子を見下ろした。ノクトは悪い子はちゃんと躾された方がいいと考えている。
最近ユーリやサラのような良い子とばかり接していたので余計にだ。
逃げ出そうにも路地裏の奥は行き止まり。
少女の振り上げられた両方の平手が、上の子の頬を挟むように勢いよく振り下ろされた。
「……ごめんなさい」
「すみませんでした」
三人そろって頬を赤くして、地面に座り込んでの謝罪である。
ハルカが大丈夫ですからと言っても、少女は「いいえ!」と言って子供たちを座らせ、挙句自分までその横に座って謝罪をはじめてしまった。
「わかりました、謝罪を受け入れますからもう立ってください」
別に謝らせるために来たわけじゃないのに、妙なことになってしまった。
ハルカが困ったように言うと、少女はようやく立ち上がって子供たちを睨みつける。
「ホントに、ちゃんと頼んでるって言ったじゃない。私のこと信じなさいよ」
「でも! あれからずいぶん時間たってるじゃんか!」
「口答えするな!」
少女がこぶしを振り上げると、言い返していた上の子は慌てて頭を押さえて避難した。まあ大体いつもこんな関係なんだろうなと言うのがうかがえる。少女が「まったく」と言って拳をおろし、そのまま丁寧な口調でハルカに問いかける。
「すみません、本当に。もし怒っていらしたのでないなら、どうして訪ねてきたのでしょう?」
「あの、その子たちのお父さんが病気と聞きまして……。治癒魔法が使えるので、見てみようかなと」
「うち……お金とかありませんよ?」
不安そうに答える少女の反応は当たり前であった。
「まぁ、子供がスリをするような状況は忍びないので」
こんな状況なのだから無償で治療するのも、コリンだって渋々納得してくれるはずだ。たぶんきっと、とハルカは自分に言い聞かせながら答える。
実際にコリンがいたとしたら、何らかの利は得ようとするかもしれないけれど、まぁそれはそれだ。今はいないのでサービスタイムである。
少女は少しばかり悩んでから「それじゃあ……」と言って、ハルカを案内することに決めた。
喋ってみれば悪い人そうじゃない。
魔法を使えるというのに、その場で弟たちに危害を加えなかったという実績もある。一応薬のあてはあるけれど、随分と届くのが遅れているし、診てくれるというのなら、という決断だ。
不安が入り混じっているのが表情からなんとなくわかって、ハルカはなんとなく自分の頬を撫でる。単純に状況のせいで不安がられているだけなのだが、やっぱり表情のせいなのだろうかなどと、見当違いの心配をしていた。





