徹夜明けの
ロギュルカニスの話や、【自由都市同盟】の話をしているうちにすっかり夜も更けてしまった。ノクトは一人のんびり眠っていて、イーストンは目を閉じて静かに話を聞いている。
話が一段落したところで「ではそろそろ」とハルカが切り上げようとすると、バルバロが「ちょっと待ってろよ!」と言って立ち上がり、大きな地図を持って戻ってきた。
テーブルにあるすべてをサイドテーブルの方に避けて広げられた地図は、北方大陸と南方大陸を網羅した珍しいものだ。おそらくバルバロの手書きのものか、部下に作らせたもののようで、あちこちに書き込みがされている。
「世界中飛び回ってんだろ? さっきの話に出てきた場所とか教えてくれ。礼は十分にするからよ」
「構いませんが……、休まなくていいんですか?」
「目が冴えた」
顔を上げてみれば確かにバルバロの目は爛々と輝いている。
海賊侯爵と言われてもバルバロは貴族だ。
貿易のためにと言い訳をすれば船旅の一つや二つはできるけれど、他国まで足を延ばすのは中々に難しい。特に陸路となると管轄外だ。だからこそイーストンの話を楽しみにしてきたし、ハルカからの話は非常に魅力的だった。
バルバロが聞いた話を思い出しながらそれがいた場所、会った場所を尋ね、ハルカが答える。そこでこれまで聞いた話の中で疑問に覚えていた部分を改めて質問し、理解を深めていく。
そんなことをしているうちに、いつの間にやら時間がどんどん過ぎて、ついにバルバロが大欠伸をした頃、部屋のドアが外からノックされた。
「なんだよ、うるせぇな」
ちょうど今、北方大陸と南方大陸の間の部分に水路を作り、東西の海を繋げられないかという、バルバロにとってはとてもとても楽しい話をしていたところなのだ。
忌々しげに舌打ちをして立ち上がり扉を開けると、そこには夜に送り出してくれた執事が立っていた。
「げ」
バルバロの嫌そうな顔に執事は全く動じず、ピンと背筋を伸ばしたまま言う。
「朝でございます」
その言葉には多分に責めるような意味が込められていたが、バルバロは「ははっ」と笑ってごまかした。
「すっかり夢中になっちまった。えーっと、今日の予定か。ハルカ、悪いけど部屋に案内するから適当に休んでてくれ。俺はちょっと仕事してくるから」
「寝ないで行くんですか?」
「ま、寝なかった俺が悪いからな」
確かにその通りなのだが、責任の半分くらいはハルカにもある。
ハルカは立ち上がってバルバロの下へ歩み寄り、その肩にポンと手を置いた。
「……お、なんだか眠気がとんだな。魔法か?」
「治癒魔法です。まぁ、基本的にはちゃんと休んだ方がいいと思うので、あまり無理をせずに」
「ありがとよ。さっさと仕事片付けてくるわ。話の続きは……あ、いや、行成たちの話聞いてやらなきゃなんねぇのか。まぁ、とにかく戻ってきたらな。案内頼むわ、じゃ、よろしく」
執事に怒られまいとハルカたちの案内を押し付けたバルバロは、駆け足で階段を上がっていなくなってしまった。ノクトは目を擦って欠伸をしているが、イーストンはまたふっと笑いながら立ち上がっていた。
「お部屋にご案内いたします」
丁寧に頭を下げた執事がハルカたちを各々の部屋へ案内する。
ハルカは執事が扉を閉めて出ていくと、荷物を下ろしてカーテンと窓を開けて部屋に風を取り込んだ。執事がわざわざ知らせに来るだけあって、外はすっかり日が昇っていて、もうじき街がにぎわいだすような時間であるようだった。
一休みしようかと思っていたハルカだったが、潮風の匂いを嗅いだらなんとなく目が覚めてしまって、一つ散歩でもしてみようかなと思いつく。
執事からは目が覚めれば自由にうろついても構わないと言われている。
きちんと窓を閉め、カーテンを引き、お金を入れた小さな袋だけをベルトに挟み込んでそーっと扉を開ける。悪いことをしているわけではないのだが、部屋に案内されてそうそう外に出るのは、なんだか申し訳ないような気がしての行動だった。
廊下に執事の姿はもうないようだった。
ではお出かけ、と歩き出したハルカだったが、すぐに近くの扉が開いてびくっと体を跳ねさせる。
中から出てきたのは、桃色の髪の毛に角と尻尾を生やしたノクトの姿だった。
珍しく障壁に乗らず、ぽてぽてと歩いて出てきている。
「あれ、何をしているんです?」
「師匠こそ、どうしたんですか?」
「いえねぇ、僕はほら、寝てたじゃないですかぁ」
「そうですね」
確かにノクトは酒を数杯飲んでからは、瓶を一つ抱えたまま規則正しい寝息を立てていた。お爺ちゃんなので夜はちゃんと眠くなるらしい。
「だから散歩でも行こうかなぁと思ったんですよ。ハルカさんこそ眠らなくていいんですか?」
「窓を開けてみたら、ちょっと外へ出たくなってしまって」
「若いですねぇ」
中身はそんなに若くはないはずなのだけれど。
心の中で一応反論をしてから、ハルカは耳のカフスを撫でた。
「一緒に行きませんか?」
「いいですよぉ」
ノクトひとりで散歩に行かせると、妙なトラブルに巻き込まれそうな気もする。
もちろん、師匠として人として尊敬しているけれど、ノクトが面白半分にトラブルに首を突っ込みがちなのは確かだ。
もし、万が一妙なことをやりそうだったら、弟子としてちゃんと声をかけて止めようと思うハルカである。
自分自身がトラブルメイカーである自覚はあまりない。
ぽてぽてと歩くノクトに並んで屋敷の外に向かいながらハルカは尋ねる。
「今日は自分の足で歩いているんですね」
「これねぇ、ユーリたちに言われるんですよねぇ。毎日ちゃんと散歩しないと体に悪いからって……。流石に子供に言われると、気をつけようかなぁって思います」
「それはいいですね。これからも事あるごとに言ってもらうようにします。私も師匠の健康はちょっと心配なので」
「いやぁ、これで何十年もやってきてるので、心配いらないと思うんですけどねぇ」
見た目は子供だというのに、中身相応の話をしながら二人はのんびりと街へと繰り出すのであった。





