面白い話が聞きたいんだ
驚いて聞いてくれるからといって、何でもかんでも話せばいいわけではない。
ハルカはバルバロに何を話しておくべきかを考える。
ここで話すべきは、世界の秘密や過去のことではなく、これから何をどうしていきたいかの話だ。
「ああ……。行成さんを保護したのは、先ほどお話しした〈ノーマーシー〉という街でのことになります。ですから彼らは私たちの事情をある程度知っています」
この告白はつまり、ハルカたちが行成たちに協力をしている消極的な理由にもなる。ハルカたちは協力勢力を増やしたい。〈オラクル教〉の影響を受けていない【神龍国朧】にそれができるのならば、中々に良い話だ。
また、受け取り方によってはハルカたちの現状を、エリザヴェータがある程度把握しているという裏付けにもなった。
送られてきた手紙の内容が、どうにも含みが大いにありそうであった理由に確信を持ったバルバロである。
含みを具体的に表現するのであれば、『お前の所が貿易で何か隠しているのを知っているぞ。それについては不問にするから、今回の件についてもお前なりの回答を出せ』といった感じである。
エリザヴェータとバルバロは、【ディセント王国】の裏で手を握るような関係になるわけである。その相手に選ばれたというのは光栄であるが、同時に、かけられているプレッシャーも半端ではなかった。
バルバロは年が近いエリザヴェータが、代替わりから雌伏の時を経て、鮮やかに権力を奪還したのを間近で見てきた。
その上追いやられたマグナスの監視役をしてきたのだ。
マグナスがただの間抜けでないことをよく知っているからこそ、エリザヴェータの怪物具合をよくよく理解している。
「〈ノーマーシー〉は【神龍国朧】に近いです。それに、マグナスをこのまま放っておくわけにはいきません。……あの、バルバロさんは差配の腕輪についてご存じですか?」
「ん? ああ、王家に伝わる宝物だろ」
「いえ、そちらではなく」
怪訝な表情が返ってきて、ハルカはバルバロが事情を知らないことを悟る。
先ほどの行成とバルバロの会話の中で、なぜ重臣が裏切ったのかという疑問があった。ハルカはその答えの可能性を握っていた。
「……昔の文明に、竜を自由に操ろうという試みがあったようです。マグナスはその遺物を利用し、腕輪を通して人をも自由に操ろうと試みていたようでした。許しがたいことです」
「なるほどな。それで大事な駒だけを裏切らせたって感じか。ありえるな」
「私がナギとともに乗り込めば、マグナスは逃げ出すでしょう。〈北禅国〉へ乗り込むには船がいります。出していただければ、船は必ず壊さずに戻すと約束します。作戦が上手くいけば〈北禅国〉は良い取引相手になるでしょう。〈ノーマーシー〉の港を使えばより安全に航海できますし、いずれは〈混沌領〉でしか手にはいらないようなものも取引していけるかもしれません」
「良いこと尽くめに聞こえるな」
バルバロはグラスを置いて両腕を広げながら笑った。
それからゆっくりとソファに体を沈め、指を組んで考え込む。
「…………それで全部か?」
まだまだ吐き出されていないことが山ほどあるように感じているバルバロは、鋭い目を光らせる。はったりみたいなものだが、なんとなくまだまだ納得ができないでいる。ただ利用されるのも、勝ちが決まっている賭けもあまり好きではなかった。
バルバロはそんなものより、全身どっぷりつかり、心も体もワクワクするような話が好きだ。
ハルカには求められているものが少しだけわかった。
少年心の塊のような男なのだ。少年のまま大きくなったような男なのだ。
それでいて頭が切れる海賊侯爵。それがバルバロという男だ。
「……もしかすると、閣下にとって面白いであろう話はたくさんあります。いっそ、聞きますか?」
「……閣下じゃねぇよ。俺はバルバロだ」
「……バルバロさん、私が知っている、なんというか、その……。変な話、聞きたいですか?」
「それを聞くために待ってんだけどな」
交渉事をしている時よりも、バルバロの目はより楽しそうに輝いている。
好奇心が抑えきれない、我慢しきれないとでも言うように、身を乗り出し、もはやグラスに手を伸ばしすらしていなかった。
「エニシさんの話をしましょう。彼女の名前はエニシ=コトホギ。元々【神龍国朧】の巫女総代をされていた方です。未来読みの巫女と呼ばれ、【神龍国朧】に平和をもたらすにはどうすればよいかを考え、人々のために力を使ってきました。しかしいつしか彼女の読んだ未来とは違う未来が訪れるようになったそうです。信用を失い、野心あるものに裏切られ、エニシさんは【神龍国朧】を落ちのびることになりました。私は彼女の願う平和な国の在り方がとても良いものであると感じています。だから今回の行成さんたちの件が、彼女の復帰のための足掛かりになればと考えています」
思ったよりもまともな、理解できる範疇の話が飛び出してきて、バルバロは黙って頷く。
「【神龍国朧】に関しての事情はこんなところです。秘密を無くすために話しましたが……さて、ではバルバロさんはエニシさんが持つような特殊な能力についてどんな認識を持っていますか?」
「神子、だろ。神様に与えられた力って奴だ」
「そうですね。これ、実は本当にオラクル様が気まぐれで与えているそうです」
「……何の話だ?」
「バルバロさんは神様を信じてますか?」
突然妙な話が始まって、バルバロは面食らってイーストンに助けを求めるような視線を送った。ハルカの語り口があまりにも胡散臭かったので、イーストンも苦笑しつつ「大丈夫だから答えなよ」と言う。
「いや、まぁ、あんまり意識したこともねぇよ」
「そうですか。では各地に住む真竜様についてはご存じですね?」
「ああ、一応な」
「南方大陸には、グルドブルディン様という、山のように大きな真竜様がいらっしゃいます。数千年から数万年。数えきれないような時を生きてきて、遥か昔にはゼスト様をその背中に乗せて世界を歩き回ったこともあるそうです。私がこれから話すのは、そんな大昔から生きる真竜様や、長生きの吸血鬼や巨人たちから聞いた話です。……楽しめそうですか?」
ちょっと前まで何を言い出すんだと思っていたバルバロだったが、段々と聞いたことのないような話になってきて、がぜん興味を取り戻した。
「……もちろん。待てよ、酒足りるか? ちょっと待ってろよ、追加でとってくるから。……待ってろよ!」
話しながら立ち上がったバルバロは、ハルカに念押しをしてバタバタと部屋から飛び出していった。
数分で戻ってきたその指には瓶が三本挟まれ、何やら膨れた袋を持っている。
「酒とつまみを持ってきた。さ、続きだ続き。朝まで話してくれたって良いぜ」
ノクトはソファに沈んで目を閉じゆったりと休む体勢。
イーストンはやれやれと呆れながらも、変わらぬバルバロの在り方にふっと笑みをこぼすのであった。





