吐き出された事情の威力
バルバロの告白は衝撃的だった。
船で捜索をしたときに見かけた、ということは、バルバロは個人ではなく、すでに組織的に破壊者を保護するに至っているということである。独立独歩状態の【自由都市同盟】ならばともかく、【ディセント王国】や〈オラクル教〉の影響下にあるバルバロ領においては、非常にリスクの高い行動だ。
「船乗りの方々は、怖がらないのですか?」
「おいおい、あいつらは俺の部下だぜ。【夜光国】にも行くし、【神龍国朧】での破壊者たちへの扱いも知っている。今更だぜ」
「ああ、なるほど……、なるほど」
竜の件で二の足を踏んでいたが、もっとずっと早くここに来るべきだったのだ。
なんとなく後回しになってしまっていたことに、ぐっと喉が詰まる。積極的に仲間を増やそうとしていたわけでないにしろ、例えばコーディとバルバロをつないでおくくらいはできたはずだ。
というか、積極的に仲間は増やすべきなのだ。立場を考えれば。
一人反省会をしていると、バルバロがグラスをカラカラと回して音を立てる。
氷の当たる音が随分と気に入ったようだ。
「で、そっちもなんか面白い話があるんだろ?」
「……あります」
反省を一度頭の奥に仕舞い込んで、ハルカはぐっとグラスの中身を飲み干した。
テーブルにグラスを置くと、指を組んで今度はハルカの方が少し前のめりになる。
「〈混沌領〉に暮らす、多くの破壊者たちと知り合いました。侵略の意図はありません。それぞれが自由に暮らし、必要とあらば手を取り合うための連合のようなものです。紆余曲折ありまして、私はそこで王をしています」
バルバロはグラスを揺らすのを止めて目を見開いた。
一瞬思考が追い付かなかったのは、バルバロが船乗りであるからこそ〈混沌領〉の大きさを北方大陸のどの権力者よりもよく知っているからだ。
軽く口にしたが、あそこがまとまったというのであれば、北方大陸に有力な一大勢力が誕生したということに他ならない。誰にも知られずにだ。
ハルカの話はまだまだ続く。
「私たちが構えている拠点は、〈混沌領〉にふたをするような位置にあります。〈混沌領〉において、人と破壊者が下手に交わることのないよう気を付けています。現状私と交流のある破壊者は人族側に攻め入ることはありません。問題は〈オラクル教〉です。もともとアンデッドがたむろしていた〈忘れ人の墓場〉……、私たちの拠点がある場所ですね。そこにいたアンデッドの壁がなくなってしまったことで、破壊者たちが街へ侵攻してくるのではないかと警戒しています。〈オランズ〉には既に神殿騎士の上位席次のものが数人派遣されており、目が離せない状況です。……あ、えーと、この辺りは私たちの事情なので後回しにして……、それよりもですね」
バルバロにとっては何の得にもならない話になってしまったと、ハルカは話を途中で切り上げる。
「いやいやいや、待てよ。じゃああれか? もしかして、人魚の島に迫っていた半魚人は、まさかハルカたちのとこの先兵だったりしないだろうな?」
「あ、それはないです。私が〈混沌領〉全体に関係を持ったのは一年以内の話ですし、そもそも半魚人と小鬼に関しては、話が通じないことが多いです。近頃の〈混沌領〉の北海岸は半魚人の大量発生に困っていました」
「ああ、それならいいけどよ……。いや、よくねぇな。聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず話を続けてくれ」
途中で口を挟むと話がややこしくなると考えたバルバロは、うずうずとする気持ちを抑えてグラスにさらに酒を注いだ。
「はい。行成さんたちを保護したのは、混沌領の最東端にある街〈ノーマーシー〉の港です。港と言っても作り途中なのですが。もしそちらの船乗りの方々が、破壊者に抵抗がないのであれば、交易にするにあたって利用いただくこともできるかと思います。そこには主にコボルトがたくさん住んでいます。海には人魚たちが。それのまとめ役として、リザードマンの戦士であるニルさんと、その補佐であるウルメアという……人がいます。砂漠のリザードマンと、草原のケンタウロス、それにラミアとガルーダもいるはずです」
「……破壊者はそれで全部か?」
「いえ、南の平原にいる巨人族は私を王と呼んでくれています。それから北の緑地帯にいる、花人と樹人とも協力関係にあります。地図を見せますね」
広げた地図の上に光の玉を浮かべ、薄赤色の障壁を勢力範囲にかぶせる。
「この辺りに花人と樹人たちが住んでいます。少し東へずれた山脈にガルーダたちが。さらに東の砂漠と海の間にラミア……。それから西の山脈を越えた所に森のリザードマンの集落もあります。ニルさんはここの出身で、私たちが最初に知り合った破壊者の集団もここの方々です。ここではハーピー達が共に暮らしていますね」
「こんな話を〈オラクル教〉の信者が聞いたら目ん玉ひっくり返るぜ」
「あ、そうでした」
「今度はなんだよ」
「〈オラクル教〉にコーディ=ヘッドナートさんという枢機卿の方がいるのですが、彼は私たちの協力者です。思想を同じくする者や破壊者を紹介するよう言われているので、そちらさえよろしければ紹介したいのですが……」
これもまたとんでもない爆弾話だった。
破壊者を徹底的に敵扱いする教会の中に、それも枢機卿まで上り詰めて中枢にいる人物がこの話に噛んでいるのだ。もしばれたらとんでもない大問題だ。
さらっと言ってのけたが、この話を聞いただけでコーディという人物がとんでもない狸で、底知れぬ手腕を持つ化け物であるということを察したバルバロである。
「……他には何かあるか? このさい洗いざらい聞いておきてぇ」
「ええと、それじゃあ続けますね」
やっぱりまだあるんだな、と、バルバロはちびりと酒を舐める。
喉を焼く酒精の強さと香りは先ほどと変わらないのに、どうも素直に楽しめなくなっていること、それにイーストンが楽し気に自分を見ていることが少しばかり癪だった。





