海の捜索
階段を下に降りて地下へ向かう。
扉を一枚くぐり、短い廊下を歩いてさらにもう一枚。どちらも重たく分厚い扉で、この先の部屋で話したことが外に漏れないように、慎重すぎるくらいに設計された部屋であることがわかる。
「ちょっと息苦しいかもしれねぇけど」
そう言いながら部屋へ入ったバルバロは、暗闇の中を悠々と歩き、あちこちに用意されている燭台に火を灯していく。
「魔法が使えるんですね」
「ま、火をつけるとかちょっとした飲み水出すくらいだけどな」
いわゆる豆魔法と呼ばれるような魔法で、学びさえすれば多くのものが扱えるようになる魔法だ。ただし、個人個人で魔素を扱える量には違いがあるから、鍛えていなければ、一日にそう何度も使えるものではない。
さりげなく使ったところを見ると、バルバロは日常使いでは困らない程度には、使用することができるのだろう。
窓がない石造りの地下室はヒヤリとしている。どこかしらに換気口が設けられているのか、抜ける風がハルカの頬を撫でた。
装飾品にはこだわっているようで、大きく海を描いた絵画などが飾られており、バルバロが言うほど窮屈な感じはしない。
豪華なソファと輝くほどに磨かれた木製のテーブル。部屋を照らし終えたバルバロは、ガラスで作られたサイドテーブルの上に酒瓶を置いて、ソファに体を沈めた。
本来は酒盛りするような場所ではないのだろうけれど、当主が自らグラスに酒を注ぎ始める。
続いてイーストンとノクトも座り、勝手に酒を注ぎ始めたところで、ハルカも部屋を眺めるのをやめてようやくソファに腰掛けた。
ノクトが酒瓶を寄せてやれば、ハルカもグラスをテーブルに置いて酒を注ぐ。
それを待って、バルバロはグラスに口をつけて、大きく息を吐いた。喉を焼くような酒精の強い酒は、遠い国から取り寄せてきた高級な一品だ。
その色と香りから、ハルカがグラスに氷を生み出すと、ノクトとイーストンも、自分たちのグラスをテーブルの上で滑らせ、ハルカの前に差し出した。
眉を上げて様子を見ていたバルバロであったが、グラスの中に氷が生み出されたのを見て、同じくグラスをテーブルに滑らせた。
氷が入ったグラスを引き上げると、カランと涼しげな音がなる。冷えた地下室よりも、暖炉で暖められた部屋で飲むべきかと思いつつ、バルバロは氷をからからと酒の中で泳がせた。
「おっと、酒を楽しむためだけにきたわけじゃねぇんだ。目的の一致って言ったな。何かあったのか?」
「ハルカさんが話してよ。何があって、今どうなってるのか。協力できるかどうかはともかく、他言するような奴じゃないっていうのは僕が保証するよ」
イーストンに振られた話だったが、それがそのままハルカの方へ回ってくる。【竜の庭】の宿主はハルカなのだから当然のことだった。
「……いろいろありました。悪さをしている吸血鬼を討伐したこともありますし、人と仲良くできる吸血鬼を仲間に引き入れたことも」
「へぇ、やっぱそんな奴もいるんだな」
バルバロにとって半分吸血鬼であるイーストンは、子供の頃のヒーローだ。絶体絶命の危機に颯爽と現れて命を救ってくれたのだ。
だから、ハルカの説明には何ら疑問が湧かない。
バルバロは、破壊者の中にも良い奴と悪い奴がいることをとっくに知っているのだから。
バルバロにとって衝撃的な出来事は、イーストンにとってもまた衝撃であった。
吸血鬼の一部が人をどのように見下しているかを、明確に目にした瞬間であったからだ。
人と吸血鬼である父が平和に暮らす島で生まれ、育ったイーストンにとって、外部の吸血鬼の在り方は許し難いものであった。彼らの人への見下しは、島の人々の暮らしや、父と母の関係を否定されたようなものであったからだ。
だからイーストンは旅に出た。
父の許可をとり、バルバロに協力を仰いで、苦手な日の下、吸血鬼の噂をたどりながら一人で旅をしていたのだ。
イーストンにとってハルカたちの生き方は好ましいものだ。言葉にはしなくとも、気持ちの通じ合える仲間が見つかったと思っている。
そこに手を貸すことに、イーストンはためらいがない。だからこそ、できるなら、昔からの協力関係にあるバルバロとも、考えを共有していきたいと考えていた。
ハルカが考えている間に、バルバロが酒を一気に飲み干してから、体を前に傾ける。
子供の頃からの憧れが自分を信頼できる奴だと言ってくれた。目の前にいるのは、いろんな意味で国の伝説になっているような特級冒険者と、まさにこれから世界に羽ばたいていくであろう、その弟子の特級冒険者だ。
少なくとも現時点でハルカが何をやってきたか詳しく知らないバルバロからはそう見えている。
とにかくバルバロは気持ちと共に姿勢を前に傾けてニヤリと笑った。
「実はな、最近面白い話があった。渦中のおっさんがどこかに逃げ出してんじゃねぇかと疑ってた俺は、船を出して普段はいかねぇような場所を探索させたんだよ。そしたらな、何に出会ったと思う」
答えを望んでいるわけではないだろうからと、三人は沈黙する。バルバロは顔を順番に見てから、親指と人差し指を立てた。
「半魚人と、人魚だ。島に暮らす人魚に、半魚人どもが襲いかかっている最中に出くわしたんだ」
ハルカは驚いて口元に手を当てた。
ハルカたちが出会った人魚は〈混沌領〉の南海岸に住んでいたが、なるほど、海は広いのだから他の場所にも別の一族が暮らしていることは十分に考えられる。
バルバロが捜索したのは、おそらく〈混沌領〉の北海岸方面のどこか。ハルカが大量の半魚人を討伐したあたりから沖合へ出た所にある島だろう。
「一応今は、そこより少しばかりうちに近い、もっと水深が深い場所にある島まで案内して、保護している。人魚たちは船を沈めるって聞いちゃいたがな、どいつもちょっと臆病な美人ばかりだぜ。どうだ、面白い話だろう」
バルバロは少年のように目を輝やかせ、得意げにイーストンを見やった。
「やるね」
「だろう!」
イーストンがふっと笑って褒めると、バルバロはグラスに酒を注ぎ、腕をソファの背もたれに引っ掛けた。





