海賊侯爵
夜暗くなってから、村や町のない場所で着陸し、朝早い時間に出発する。
王国に限ったことではないけれど、そこの領主や兵が働き者だとナギの様子を見に来てしまうため、一応気を遣ってのことである。
何とか誰にも咎められずにバルバロ侯爵の領都へたどり着き、ぐるりと空をまわって街から少し離れた場所へ着陸した。マグナスとの内戦の時にも見ているから問題はないと思うが、念のためゆっくりと道を歩いていく。遠くにナギを見た旅人が、慌てて走って逃げていってしまったことだけ申し訳なく思うハルカである。
のんびりと道を進んでいくと、やがて街の外壁が見えてくる。
門は開いたままで、動員された兵士はナギに向けて武器を構えるのではなく、街に入ろうと混乱している民衆を安心させているようであった。
そんな中、人の海が割れてのっしのっしと何かが近づいてくる。
歩いているのは三メートルほどある翼を持たない地竜で、その上には褐色の肌をした伊達男が座っている。
「元気そうですね、バルバロ侯爵閣下」
「我慢できなくて地竜をどっかから手に入れたみたいだね」
「あれがバルバロ侯爵か。イーストンとはまた違った、偉く見目のいい男だな」
圧倒的に陽の気を発しているおかげか、遠目からでも何となくいい男だとわかったのだろう。エニシが感心したように呟いている。
「随分と大きく育ったけど、中身は子供みたいだよ」
「仲が悪いのか?」
珍しく厳しい物言いにエニシが尋ねると、ハルカがそれを否定する。
「いえ、仲がいいんだと思います」
エニシは「そうか」と言ってにやにやと笑う。
イーストンはすました顔をしているけれど、大きく手を振るバルバロの姿を見ると、小さくため息をついて左手を上げた。
「よぉ、久しぶりだな。どうだ、こいつマーレってんだが、結構かわいいだろ」
会ってそうそう騎竜の自慢をするバルバロは、以前と変わらぬ笑顔を浮かべながらマーレの頭をポンポンと叩いた。比較的おとなしい地竜らしく、されるがままに頭を少しばかり上下に動かしている。
「かわいいですね。まだ若い子ですか?」
久々に会った地竜にハルカが穏やかに目を細めると、バルバロは嬉しそうに質問に答える。
「んや、老商人が引退するってんで譲ってもらった。二十年も一緒に行商をしていたそうだ」
ハルカが近づいて覗き込んでみれば、マーレはちろりと舌を動かした。
この世界に来て初めて出会った、コーディの連れていた竜、オジアンを思い出させる顔をしている。
「撫でても?」
「ああ」
ハルカが手を伸ばしてつるっとした頭を撫でてやると、マーレは目を閉じてそれを受け入れる。しばらくそうしていると、ハルカの左にぬっとナギが顔を差し出してきた。
顔だけでもマーレと同じくらいある。
主人の命令に従うことを徹底しているのか、マーレは数度瞬きしたけれど、その場から逃げ出したりはしない。
「お前もでかくなったなぁ」
バルバロが笑いながらナギの鼻先を撫でてやると、ナギは目を閉じて好きにさせる。ばしばしと叩いたりとやや乱暴な撫で方だったが、ナギにとっては普通に撫でられるのと大差なく、むしろ歓迎されているのがよく伝わったのか嬉しそうだ。
「なんかうまいもの食わせてやるからな!」
バルバロがそう言って最後に一度ポンと鼻先を押すと、ナギは何で顔を出したのか忘れたのか、ぬーっと顔をひっこめていった。ハルカがマーレを撫でているのに嫉妬しての行動だったが、まったく怖がらないバルバロに好き放題撫でてもらった事で満足したようである。
「しかしこんだけデカくなるとな。海の魔物でも仕留めてくるか」
「この辺りも出るんですか?」
「そりゃあな。海ってのは広いもんだから、たまには魔物もでるってもんだ。おっと、立ち話も何だ。ついてきな」
マーレを回れ右させたバルバロは、指でイーストンを招いて横並びに歩く。
「随分と元気そうだね」
「お前こそ、昼間なのに眠たくなさそうだな」
「ハルカさんたちと一緒にいると、この時間起きてることも多くてね。ちょっと慣れたよ」
「そりゃいいや。ついでに日焼けでもしてみるか?」
浮かれた調子のバルバロに、イーストンが軽くため息をついて流し目を送る。
「いや、似合わねぇか」
上背のあるバルバロは、同じく横目でイーストンを見て勝手に提案を却下した。
余計なお喋りばかりしているうちに街が近づいてくる。門の少し手前でバルバロは後ろについてきているナギを見上げた。
「ナギには街の中は窮屈だろ。他の街じゃどうしてるんだ?」
「基本的には外で待っていてもらってます」
「そうか、んじゃそれがいいな」
周囲は切り開かれているから、ナギがのんびりとくつろげるスペースは十分にある。バルバロがナギに歩み寄ると、ナギも何だろうと頭を下げて迎えた。
「悪いが外で留守番だ。その代わり、そのカッコいいスカーフなびかせて、この辺好きに飛んでていいぜ」
「近くを歩いた人が怖がるかもしれませんよ」
「なに、どうせ街まで来りゃあ見ることになるんだ。それにこんなにでかい竜が空飛んで、何の危害も加えてこなけりゃ、かえってうちの領は安全だって噂が広がるだろうぜ」
「そんなもんですか?」
「まず山ほど苦情を処理してからの話になるけどね」
「そんなもんは破いて捨てるから関係ないね。それにうちの兵士どもは、元公爵領の攻略に参加した奴らだからな。ナギが味方だってことはよく知ってんだ。心配すんな」
バルバロは「好きにしな」と言ってもう一度ナギの鼻を叩き、機嫌よく街の門へと歩き出す。
以前にもまして腹が据って威厳が出ているようだが、それが大貴族っぽくはないのが【海賊侯爵】と呼ばれるバルバロらしさであった。





