成長率
「バルバロ侯爵に会うのは久しぶりですよね。特にこうして話をする場を設けることになるのは、初めてお会いした時以来でしょうか」
ハルカはナギの鼻先がむいている東の空を眺めながら呟く。
少しばかり愁いを帯びたような横顔を、行成はポーッと眺めている。
一方イーストンは少しばかり思案してから、目を細めて笑った。
「憂鬱そうだね。大型飛竜の件でしょ」
「……わかりますか」
「うん。大型飛竜の卵をとってくる、なんて安請け合いしてたものね」
「やはり大型飛竜の卵を手に入れるというのは、ハルカ殿でも難しいのでしょうか」
すごいことなのだなと目を見張り、ナギの背中を手のひらでさすってみる行成。
純粋な反応に、ハルカは苦笑しながら答える。
「いえ、とってくること自体はできると思うのですが……」
「育てるのがね」
「確かに、これ程大きいと育てるのも一苦労でしょう。しかし、バルバロ侯爵という方は力のある領主なのでしょう?」
確かにバルバロ侯爵領は豊かだ。
大型飛竜の数頭くらい平気で養って見せるだろう。
しかし問題はそこにはない。
「大型飛竜というのは、相手の力を認めないと従ってくれないそうです。ナギも知らぬうちに私と力比べをして認めてくれたようなのですが……。そもそも他の子が卵から育ててどのように成長するかも分かりませんし、成体の大型飛竜となりますと……」
彼らは非常にプライドが高い。
人なんかに簡単に従うような生き物ではないのだ。
夜光国には大型飛竜が数体住んでいるそうだが、それもイーストンが育てたものではなく、その父が遥か昔に縁を結んだ個体である。
約束を守れていないことに後ろめたさはあるのだが、履行するにも障害が多いという状況である。
「ハルカ殿が途中まで育てるというのは?」
「考えたんですが……、途中で里子に出すようでなんというか……」
大きくなるまでとなると一年以上一緒に暮らすことになるだろう。
愛情込めて育てた大型飛竜を、人のところに預けるのは感情的にちょっと厳しい。
譲渡ではなく預けると考えている時点で、ハルカの内心がうかがえようものである。
「正直に話して納得してもらうしかないよね。というか、ハルカさん気付いてる?」
「何がです?」
「この間大竜峰に行った時見たでしょ、仕留められた大型飛竜。ナギ、普通の大型飛竜よりかなり大きいよ」
「……そういえば、そうですね」
ついこの間大竜峰で見た大型飛竜は、ナギよりも二回りほど小さかった。
それでも人が相対するとなれば絶望的な生物である。
何せ見上げるような高さと、硬い鱗を持ち、空を飛ぶうえブレスを吐くのだ。上級冒険者であろうと、できることなら相対したくないものである。
ましてそれが何頭もうろついているような大竜峰の峯付近は、よほどの自信がない限りは足を踏み入れるべきではない。
そういった意味で、ヴァッツェゲラルドに会うというのは実は非常に困難なのだが、ハルカたちはナギがいるお陰で気軽に行ったり来たり出来る。その上気さくに話をしてくれるというのだから、ヴァッツェゲラルドがハルカたちを特別視して重宝するのも当たり前のことであった。
「ヴァッツェゲラルドさんも、卵の頃から特別だったと言ってましたから。ナギには何かあるのかもしれませんね」
「それもあるけど、ハルカさんがいつも連れ歩いていたせいもある気がするよ」
「そうですか?」
「生き物って育つ環境が違うと色々変わってくるものだから。生活様式もだし、魔素の浴び方とか、食べ物の違いとかもある。特にナギは背中にハルカさんたちを乗せるのが当たり前って思ってるから、大きくなるように頑張ったのかもね」
はて、頑張ってどうにかなるものなのかと首を傾げたハルカだが、この世界では魔素によって身体への影響が顕著に出る。例えばユーリの成長が異常に早いこともそうであるし、魔法使いや身体強化使いの老化の遅さも現実としてみてきた。
納得はできてしまった。
「まぁ、ちゃんと説明してやってよ。言えば分かる奴だから」
「がっかりするでしょうね。せめて代わりに何か用意してあげられるといいんですが……」
もともと契約でもないただの口約束だ。
しかも履行できないのはハルカの方の事情ではなく、バルバロの方の安全の問題になってくる。やっぱ無理だった、の一言で済むところを、がっかりするだろうからで他に何かと考えるところがハルカらしい。
しばらくの間口元に手をあてて考えていたハルカだったが、難しい顔をしているのを見かねたエニシが話しかける。
「バルバロ領というのはどんなところなんだ? イーストンは気安い仲のようだが」
「ああ、きちんと説明していませんでしたね。ええと、王国の東海岸沿いにある侯爵領で、昔から王家の信頼は厚いようです。その一方でバルバロ侯爵はイースさんと仲が良く……」
ハルカがちらりと視線を向けると、イーストンが言葉を受け継ぐ。
「王国には秘密で【夜光国】と交易をしているね。ま、あの女王様のことだからそれらしい何かがあることは把握してるんじゃない? 特に最近は旧公爵領が直轄地になったし。バルバロもここらであの女王様に恩を売っておきたいだろうし、今回の話は割といい機会だったかもしれないね」
「なるほど。まったく【神龍国朧】の広さでも戦ばかりだというのに、【ディセント王国】というのはよくも内戦が起こらないものだ」
「起こりましたよぉ。起こったから【独立商業都市国家プレイヌ】ができたんですからねぇ」
「そうだった……。ええと、まてよ、ってことは、ハルカ、地図を貸してくれ」
「はいはい」
ハルカが地図を広げてやると、エニシは改めてかつての王国の広さを確認する。
「……ここまで全部王国だったのか」
「いいえぇ、ここまでですねぇ」
「……広いな」
エニシが【独立商業都市国家プレイヌ】までを見て言ったのに対して、ノクトはトンとドットハルト公国の最南端を指さす。今の帝国領にも勝る広さに、行成は思わずため息交じりの感嘆を漏らした。
「ま、今くらいで丁度いいんじゃないですかねぇ」
あまり広くても空でも飛べぬ限り、端々まで目が届くわけではないのだ。
かつての領土があったとしたら、さしものエリザヴェータでも手が回らなくなることだろう。
「ノクト殿。すまぬが、近年の北方大陸の歴史をお聞かせいただけぬだろうか」
未だノクトに対して緊張が解けない大門は、背後で姿勢正しく座っている中、行成は少しでも何かを得ようと前のめりの姿勢を見せる。
「……良いですよ、暇ですからねぇ」
近頃ものを教えることが随分と増えたノクトは、表情を緩めて笑った。





