貸し一つ
「ホントに、いくつになったんですか」
「忘れた」
「記憶力がいいのだから忘れたわけないでしょう」
おそらく二十代も半ばを過ぎた頃だから、ノクトの言う通り、王配を早く決めたほうが良いお年ごろではある。
魔法が得意であるお陰か見た目は若々しく、まだまだ数十年は美女っぷりは健在だろうが、それにしたって後継者問題なんか出かねない。どうするつもりなのか、ハルカとしても疑問ではあった。
「あと十年以内には国内を完全に掌握する。他種族への差別をなくす意味もかね、その時になったら爺を正式に王とする予定だ。何ら問題はない」
「僕は了承してません。それにですね、仮にも僕は獣人国【フェフト】の王族であり、領主ですよ」
「より都合がいいな。隣国との縁が深まる」
「ああ言えばこう言いますね」
「とにかく、良いのだ。私は私のやりたいようにやる。矯正したいのならば、爺は今すぐ教育係として私の横に戻ってくるのだな」
わがままな女王様である。
決意は固く、まったくもって譲る気がない。
ハルカから見ても強引ではあるが、ノクトがあえてエリザヴェータと距離をとっているのも知っている。多少強引でなければエリザヴェータの願いは絶対にかなわないだろう。ノクトも抵抗するすべはあるので、口頭注意だけをしているうちは本気の本気ではない。
ハルカができることは、互いに傷つくことなくうまい感じに収まることを祈るばかりだ。
今回はとりあえずノクトがその場に腰を下ろすことで話は収まったようで、手は握られたままだった。
「で、だ。私は今回こそマグナスの死を確定させたい。王家らしい事情はあるのだが、あれはとにかくこの【ディセント王国】を手にいれたくて仕方がないのだ。なまじ能力が高いせいで、生きて逃がせば次は何をやらかすかわからん。放置すれば、自勢力の拡大のため【神龍国朧】でも更なる戦乱の種をばら撒くだろう。ディセントの王として、あれの縁者として、何もしないわけにはいかない」
「なんとなく想像はつきます。私もあの男の城へ行ったときには嫌な思いをしましたので」
マグナスの態度はどこまでも真摯で、本当に国を憂いているように見えた。
それは、エリザヴェータとの仲が深くなければ、何かすれ違いがあっただけなのではないかと疑ってしまいたくなるほどであった。
だからこそハルカは、北城家が騙されたことも仕方のないことのように思えてしまう。あの男に善意などというものは通用しないのだ。
大人しく生きられないのだから、決着をつける必要があるのだろう。
そうでなくば、いつかまた新たな被害者を作ることになる。
「ただし、ハルカは顔が割れている。ナギに乗って向かおうものなら、あれは一目散に姿をくらますだろうな。うまいことやってもらえるか?」
「……そうなると、船、なんですかね」
「そうだ。北城行成と共に船で向かうのがいいだろう。バルバロ侯爵への手紙にはその旨も記し、協力するよう伝える。ま、こっそりとどこぞの島との交易で潤っているようだから、私からのそれくらいのお願いは聞いてくれるだろう。マグナスの領地に目を置くことができるようになって、以前よりも広くいろんなものが見えるようになってな」
エリザヴェータは意味ありげな視線をイーストンへ向ける。
イーストンが使っていたバルバロ侯爵から発行された身分証のことならば調査済みだ。街に人を送り込めば、イーストンが竜に乗って現れることや、随分と昔から変わらぬ美貌を保っていることくらい容易に知ることができる。
もちろん、優秀な諜報員を、命の心配なく配置できるようになったからこその結果であるけれど。
「まぁ、いずれは公に交易できるように私の方でも努めよう」
「ま、そうなるといいよね」
イーストンはすまし顔で一言だけ肯定的な意見を述べた。
互いに言葉にはしないけれど意思の疎通は取れたようである。
「ああ、もちろん報酬は別だ。今回は公に国庫を開くことは難しいから、一つ私の借りとしておこう。必要ならば念書も書いてやる」
「リーサ、それは良くありません」
ノクトがとがめたのは、報酬が足らないからではない。
むしろその逆である。
借りというのはつまり、白紙の小切手と同じである。
もしこの場に臣下がいれば顔を真っ青にして、エリザヴェータの正気を疑うところだ。
「爺。ハルカたちはこれまで随分と私の力になってくれた。金銭では足りぬと常々考えていたのだ。私だって考えなしにこんなことを言っているわけではない。ハルカが、爺の弟子で私の妹弟子が、私の借りをどれだけ謙虚な願いで消費してくるか楽しみにしているのだ」
「なんだか微妙な気分です」
大層な報酬を提示されていることはわかるけれど、なんだか半分くらいからかわれているような気がして、ハルカは片方の眉をあげながら頬をかいた。
「まぁ、現時点ではどう転ぶかわからぬが、あの行成という少年はこれからまだまだ伸びるやもしれん。保護したのだから最後まで見守ってやるのだな」
「ええ、まぁ、それはそうしますけど……」
何やら含みのある言い方を訝しく思いながらも、ハルカは一応エリザヴェータからの依頼を了承するのであった。





