現実的なライン
「私の方からも一つ質問をしてもよろしいですか?」
「よかろう。何でも聞くが良い」
答えるかどうかはまた別の話だが、という言葉が聞こえてくる不敵な笑み。
しかしエリザヴェータは体を少しばかり前に傾けて、行成の言葉に興味があると態度で示してみせた。それなりに脅しをかけたのに、堂々と質問をしてくるその神経の太さには感心するものがある。
「率直にお尋ねします。陛下は〈北禅国〉の領地を支配することに興味がございますか?」
「あると言えば?」
「差し出しても構いません。ただし戦が多いので、その場合にはそれなりの代官を派遣していただかねばなりませんが」
【ディセント王国】から〈北禅国〉までの距離は、雑に計算して船でひと月近くかかるだろう。船を出すのならばバルバロ侯爵領からになるが、そこまで馬を急がせて十日。仮に〈北禅国〉が攻め込まれて援軍を求めたとしても、増援が派遣される頃にはとっくに攻め滅ぼされていることだろう。
派遣する代官は自己判断をする機会が増えるだろうし、地元民との軋轢を避ける頭脳も必要になる。その上戦の指揮もとることができ、エリザヴェータに対する忠誠心が高い。
はっきり言ってそんな優秀な人材は〈北禅国〉なんかよりもよほど貴重だ。
「なるほどつまり、【ディセント王国】〈北禅領〉となってもいいという申し出だな」
「はい」
「思い切ったな」
「当然のことです」
それだけの支援がもらえるのであれば、という言葉を行成は口にしない。
エリザヴェータは少しずつ、この行成という青年の命が惜しくなってきた。
人材コレクターとしての一面がうずいてきたのである。
「北城行成よ、お主いくつになる」
「先日十五に」
「十五か。それにしては立派な体格だな。なるほど」
まだ子供ではないか、とは思わない。
もう少し年上だと想像していたが、端々から見える感情の起伏は、確かに交渉慣れしていない少年らしさが見えている。それと同時に、ハルカがはらはらと見守る気持ちもなんとなくわかったような気がした。
エリザヴェータが初めてハルカと出会った頃、その仲間たちは丁度行成くらいの年齢であった。思い入れが強くなるのも無理はない。
「まぁ、とはいえ我が国からはお主が期待するほどの援助はできかねる」
「……ご一考いただいたこと感謝いたします」
行成はぐっと奥歯を噛んだが、頭を下げる。
こんな結果になるとは覚悟していたが、いざ断られると、心にずんと重しをのせられたような気分であった。
「しかしそうだな……。バルバロ侯爵に紹介状を書いてやることくらいはしてやっても良い。東の海岸に大領を持つ、【海賊侯爵】とも呼ばれる男だ。どう役に立てるかはお主次第だがな」
「ありがとうございます……!」
思わぬ支援に行成は目を丸くして勢いよく頭を下げた。
貴族は勝手に戦を始めることが難しいが、エリザヴェータの紹介でやってきた北城行成に協力するという名目であれば、船の派遣もしやすくなる。紹介状があるだけでも、交渉の難易度は一気に下がることだろう。
「ところでハルカよ」
エリザヴェータはやっぱり何かを企むように笑っている。
「なんですか?」
ハルカがその流し目に少しばかり警戒しながら返事をすると、エリザヴェータは楽しそうに続ける。
「ハルカたちの拠点からは〈北禅国〉は近いな。私たちと違ってナギがいるし、空を行けば、そうだな……二日もあれば着くのではないか?」
「二日ですか……? ……そうですね」
拠点から二日は難しいが、〈ノーマーシー〉からであれば、確かにナギが全力で飛ばせばそれくらいで到着する。言葉の真相を確かめたいところだが、ハルカは慎重に言葉を選んだ。
エリザヴェータがハルカにわかりやすく説明をしないのには理由がある。
それはエリザヴェータが〈混沌領〉の事情を知っているという弱点を行成に晒さないためだ。疑いをもたれることはともかく、【ディセント王国】の女王が〈破壊者〉に味方しているとはっきり宣言することは避ける必要がある。
迂遠な言い回しとやり方だが、そこが王としてのエリザヴェータのラインなのだろう。
「それがどうかしましたか?」
「いや? ただ確認しただけだ」
エリザヴェータは行成が顔を上げて目を見開き、自分とハルカの顔を順番に見たことを確認すると、軽く手を振って話題を切り上げた。
エリザヴェータの表情ばかり気にしていたハルカはそれに気づかない。
「そうだな。紹介状の礼はマグナスの命だけで良い。どちらにせよ殺すのだから構わんだろう?」
「無論」
「では話は終わりだ。他に何かあるか?」
「いえ、ございません」
「そうか。当然だが、国内でみだりにマグナスの名を出すことは禁ずる。わが国ではすでに死人だからな」
冗談でも言うように軽く首を振ったリーサだったが、並べられている鈴に手を伸ばしながら更に一言付け足す。
「……死人には大人しく、死んでいてもらわねばならん」
ぽつりとつぶやくような、しかし強い意志の込められた言葉であった。
ちりん、と鈴が鳴ると、扉がノックされてリルが入室してくる。
「話は終わった。客人二人を今晩の部屋へ」
「承知いたしました。こちらへ」
リルに案内されて行成が出ていっても、エリザヴェータは少しばかり難しい顔をしていた。ハルカとイーストンが対面のソファへ戻るのに合わせてノクトも立ち上がったが、それはキッチリと手を握って妨害する。
「ハルカ、悪いが頼みごとだ」
「リーサ、手をはなしなさい」
「嫌だ。爺の席はここだ」
エリザヴェータは真剣な表情をしながら、駄々っ子のようにノクトの手を引いてソファに座り直させるのであった。





