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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
北城家の未来

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第二ラウンド

「さて、あの二人を部屋に通すまでに少しばかり時間を設けた。あちらも少しは考える時間が欲しいだろうからな。時間を空けることでかえって落ち着かないかもしれぬが」


 くくっと笑いをこらえるリーサは、やはりいつもよりも無邪気で悪戯っぽく見える。やや前かがみの姿勢になっているのは、ノクトの太い尻尾が邪魔だからだ。横からぐるりと前にまわされているけれど、そもそも尾てい骨あたりに質量があるので、どうしたって腹に腕を回すとそんな姿勢になってしまう。


「門前払いにはなりませんでしたか」


 ほっとしたハルカの言葉に、リーサはおやっという顔をした。


「その可能性もあったが、分かっていたのだな」

「まぁ、一応、ですが」


 ノクトの厳しい言葉を聞いてやはりそうなのだな、と思ったけれど、ハルカ自身も場合によっては交渉が上手くいかないかもしれないと想定していた。

 それでも、そうなったらなったで、ノクトさえ連れてきていれば、役立つアドバイスの一つや二つは貰えると思っていたけれど。なにせエリザヴェータだって、マグナスがそのまま勢力を拡大していくことは避けたいはずなのだから。


「厳しいことを言っても恨むなよ。行成にはあまりに手持ちの札が少なすぎる。うまくいったとしても、私に得もあまりないからな。とはいえ……、使わないよりは使った方が事が上手く行きそうであると感じた。あとはそうだな……」


 エリザヴェータはハルカを見て意味深長にふっと笑い続ける。


「ここから奴らがどう身を切っていくかだが……。ま、今はその話はやめるか。エニシに、イーストンだったな。今日は騒がしい奴らは連れてこなかったか」

「拠点を守ってもらっています。近くに〈オラクル教〉の方々も駐屯していますから」

「ふむ、そうだな。信頼できるものを残すべきか。しかし……、このイーストンという男はハルカと並んでもなお美男子だな」

「気に入りましたか? 婿に貰っては?」

「いじわるを言うな」


 ノクトの突込みを、エリザヴェータはその腹をポンポンと叩いて受け流す。

 

「相手は決まったのですか?」

「いや? なんだ、説教をしに来たのか?」

「半分」

「もう半分は?」

「弟子の元気な顔を見に。泣かれては困りますからねぇ」

「ははっ」


 エリザヴェータは声を出して笑って、ノクトの頭に顎をのせた。

 それからエリザヴェータは、名残惜しそうに額をこすりつけてから、ノクトを隣に座らせて「さて」と声をあげる。


「そろそろ行成を案内させよう。面倒ごとをさっさと片付けて、今日は息抜きの日にしてしまいたいからな」


 エリザヴェータが手元にあった鈴の一つを鳴らし、ニヤッと笑ってハルカたちの方を見る。


「どちらにいる? 私の方にいるか、それとも奴らの横にいるか」


 試すような言葉に、ハルカはしばしじっとエリザヴェータの目を見てから、小さくため息をついて場所を移動した。エリザヴェータは一言もそんなことは言わなかったが、その目が『ハルカは私の方だよな』と強く訴えていたからだ。

 それにつられるように、イーストンもハルカの隣へ移動。

 正面に残ったのはエニシだけになってしまった。


「良いのか、エニシ。そちらはしんどいかもしれんぞ」

「我の居場所はこちらだ。なんら問題ない」

「そうだろうな。〈北禅国〉はよい国か?」

「北城家の先代は比較的穏やかであり、侵略戦争を好まなかったお陰か、土地も人も豊か。海戦と強弓が有名であり、小さいながら長年独立を貫いてきた歴史ある国だ」

「随分と褒めるでないか」

「嘘はついていない」

「そうか、参考になった。〈北禅国〉の奪還は、お主の帰還の足掛かりになり得るか?」

「またとない好機だ」

「そうか、気張れ」

「当然」


 エリザヴェータを恐れなくなったエニシは、相当なプレッシャーをかけられながらも堂々とした受け答えを続けた。エリザヴェータもそれが面白いのか、目は鋭くとも唇は僅かに弧を描いている。

 ノックの音がして僅かあと、リルによって扉が開かれ、緊張した面持ちの行成が入ってきた。大門の姿がないのは、エリザヴェータがそう望んだからだろう。

 心臓が張り裂けそうになりながら行成の帰りを待っている大門の姿が、容易に想像できた。


 リルが退室して扉が閉まったところで、エリザヴェータは「座れ」と自分の正面にあるソファを示した。先ほどとは違う。謁見ではなく、互いの意見を交わす、名目上は対等な場である。

 行成は言われた通り、ソファに腰かける。

 隣にはエニシ。

 ハルカたちが対面側に座っているのを見て、はっきり言って行成は一瞬心もとなさを覚えた。

 しかし、座る前にエニシと目が合い頷かれて、少しばかり安心してしまった。

 

 それから顔を上げてエリザヴェータを正面から見た時、これではいけないと気を強く持ち直した。

 心もとない。

 安心。

 そんなのは心が弱い証だ。

 きっと表情を引き締めてみるが、エリザヴェータはやはり悠々と構えて行成のことをじっと見つめていた。ここに至るまでの心の動きも間違いなくみられている。

 失態だ。

 そう思いつつも行成は、堂々とした姿でエリザヴェータを見つめ返した。


「有意義な時間としたい。隠し事や歯に衣着せたような物言いはなしとしよう。今この場所において、多少の無礼には目をつぶることとする」

「ありがとうございます」

「さて、お主のマグナスに対する率直な感想を聞きたい。どんなものか」


 エリザヴェータが行成を試すような質問を投げかける。

 行成は目をつぶり、マグナスの姿を思い返す。随分とぼろぼろの格好でたどり着いたこと。博識で、時折憂いを見せ、妙に人の心に入り込むのが上手かったこと。体を張り、自ら戦場へ赴き、自らの案の正しさを証明したこと。

 そして、そのすべてが乗っ取りのための布石でしかなかったことを。


「……恐ろしい男です。奴は人の心を読んだかのように、ぬるりと家中へ入り込みました。今でも奴との会話を思い出すと、簒奪が噓ではないかと思えてくるほどで……、だからこそ許せぬ。あれは必ず殺さねばならぬ大悪だ」


 エリザヴェータは父が亡くなった日のことを思い出していた。

 そんな時、誰よりもエリザヴェータに寄り添おうとしたのはマグナスであった。

 優秀で、時折エリザヴェータの父と論戦をするが、最後には『陛下にはかないませんな』などと言って笑って帰っていく叔父だった。

 しかしエリザヴェータは覚えていた。

 まだまだエリザヴェータがよちよち歩きの頃、マグナスが父親とノクトに関することで言い争いをして、ものすごい形相で帰っていったことを。


 思えばあの頃のマグナスはまだ未熟だったのだろう。

 エリザヴェータもまた思う。

 あれは殺すべきだ。殺さなければならぬ。


「ふむ」


 それでもエリザヴェータは、何でもないような顔で、軽く納得をしたのかもわからないような曖昧な返事をするのだった。

 

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― 新着の感想 ―
エリザヴェータと関わる人間は否応無しに限界を超えさせられるな…。 女王様引退したら教師でもして余生を過ごすのもいいかもしれない。
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