身を投じる
まず兵士に案内されてやってきたのが二人だけであったことに、エリザヴェータは一安心した。ハルカならば場合によっては一緒にやってきてもおかしくないと考えていたからだ。
色々と経験を積んで少しは成長したのだろうかと思うと微笑ましい気持ちになる。
絶対的に信頼できる相手であるノクトが連れてきた不思議な妹弟子。
交流した回数は少ないが、なぜだか絶対に裏切らないと確信を持てるから不思議だ。お人好しが度を越したような性格ゆえかもしれないが、自分が持ちえないものであるからこそ惹かれる部分がある。
すると気にかかるのはノクトを連れてきたかどうかだが、かなり高確率で連れてきてくれているとみている。冗談で来なければ泣くと言ったが、ハルカはそれを聞けば本気で連れてくるよう努力してくれるだろうし、ノクトだってため息交じりに重い腰を上げてくれるだろうと信じていた。
謁見の後は楽しみな答え合わせの時間だ。
エリザヴェータは玉座に座ったまま、連れてこられた二人の頭を見下ろす。
若いのが北城行成。年をとっているほうが大門という家臣だ。
リーサが軽く手を振ると、数人を残しその場から人が消えた。
「顔をあげよ、直答を許す」
エリザヴェータは今回の件への対応を数パターン想定して待っていた。
だから行成の顔を上げた瞬間に、少しばかり期待をした。
悪くはない。へりくだってもいないし、覚悟もあるように見える。
当たり前の名乗りと挨拶の声にも震えはなく、体は程よく緊張しているようであった。
「して、話は」
「……つい数カ月ほど前、私の家族はある男によって殺されました。今、故郷である〈北禅国〉はその男に牛耳られております」
「らしいな」
行成はエリザヴェータの表情をさりげなく観察しながら話を続ける。
そこには興味も優しさも感じられなかった。
大国の女王が、格下の何某の訴えを聞いているだけ。それ以上の何かを見出すことは未だできない。
「国を奪われたのは私たちの不覚。しかし、どうしても許せぬ私たちは、その男の言っていたことを思い出したのです。もともとは【ディセント王国】の貴い血筋のものであると。そしていつかは国へ帰ると」
「なるほど、それで遥々私に文句を言いに参ったか」
エリザヴェータは肘置きを使い頬杖をついたまま淡々と問う。
「滅相もございません。私たちはこれからその男へ復讐を果たすべく準備をします。私たちは抜け道を知っておりますし、地元の民の信頼もございます。命に代えてもあの男を仕留めてみせましょう。しかし、万が一うまくいかなかった場合、奴は貴国にも悪影響を及ぼす可能性がございます。私たちの不手際のせいでそうなった時のことを考え、先にお伝えに上がったのです」
「なぜわざわざそんなことを」
「万が一私たちが無念のうちに命を落としても、あの男が永らえることだけは許せぬ故に。〈北禅国〉は侵略に非常に強い国です。もし必要ならば、その弱点や抜け道についても陛下にお知らせいたします」
行成はまっすぐな目で言い放ったが、大門がぐっと唇を真一文字に結んでいた。
「手段は選ばぬということか」
「いかにも」
話し合った結果、行成と大門は〈北禅国〉を独立国家として保つことよりも、マグナスを殺すことを最優先とすることにしたのである。
それさえなせば、王国からの侵略を受けても構わない。
だがわざわざ攻め込むのは面倒くさいだろう。
だったら地元の出身であり、殺さねばならぬ男に恨みがある自分たちに手を貸してはどうか。そんな交渉とも言えぬ、半ばやけくそにも見える謁見であった。
だからと言って本気ですべて放り投げたわけではない。
エリザヴェータがどんな人物であるか、よくハルカとノクトに確認した。
そして、エリザヴェータならば、どうするのがより国の、自分の利益になるかよく考え、改めて交渉のテーブルを用意してくれると信じての申し出であった。
「ふむ、念のため聞いておくか。そもそも【神龍国朧】の新鮮な情報を得る機会は少ない。〈北禅国〉と周辺の地図は用意できるか」
「隣に控える大門の頭にしかと入っております」
「……いいだろう。場所を改める」
最低ラインは合格だった。
公の場でマグナスの名を出さなかった。これをした時点で嘘つきと断定し、一度謁見は取りやめるつもりであった。
交渉の意味のなさを理解しているのも良かった。何か要求でもしてこようものならば、これもまた国益に反する痴れ者として、まともに話を聞くつもりはなかった。エリザヴェータはたとえマグナスが生きていようとも、力を得て帰ってくるまでに、国内を統一する自信がある。
とにもかくにも、若い割には大したものだ。
どうも何者かの入れ知恵があったようにも感じられるが、それはおそらくノクトやハルカによるものだろう。エリザヴェータの好むような返答が多いように感じられた。とはいえ、つまらないプライドにこだわらなかった辺りは好感度が高い。
ハルカたちの客人であるということも加え総合的に判断した結果、なんとか人払いをして話をする価値もある、くらいの評価に収まったわけである。
エリザヴェータは行成たちを別室に待機させ、自分はハルカたちが待っている部屋へと早足で歩いていく。早く会いたいからと気がせいているわけではなく、時間を大切にするエリザヴェータはいつも早足である。
カッカッカと足を鳴らしてたどり着いた部屋の外には、リルが頭を下げて待っていた。遠くから聞こえてきた特徴的な足音で、エリザヴェータの来訪を確信していたのだ。
リルは「どうぞ」と言って扉を開けてエリザヴェータを招き入れる。
足音が聞こえた時点で、客人たちにはエリザヴェータの来訪を伝えてある。
「うむ、やはり爺も来ていたか」
「お久しぶりですねぇ」
エリザヴェータはまっすぐノクトの方へと歩いていくと、腕を伸ばして体を持ち上げる。
「リーサ」
エリザヴェータはノクトの咎めるような言葉は聞き流し、そのままソファに腰を下ろしたかと思えば、腹に腕を回して逃げられないよう拘束したのだった。
なんだか地図を置いといてくれって言われたので、あらすじのところにURLぶち込んでおきました





