器の大きさ
『それがなぜハルカたちと一緒におるのだ』
「少し長い話になりますがよろしいでしょうか?」
『ふむ、退屈凌ぎにはちょうどよかろう。話してみよ』
ハルカとエニシが遠火でじわじわと肉を焼いている間に、行成が事の経緯を説明する。今回はいつも食事を用意してくれるコリンがいないから、手分けして食事の準備をするようにしている。
どうしたって焼くだけ煮るだけになって、コリンがいる時ほど食事が華やかにならないのは、ハルカにとっては非常に残念なことである。
せめてせっかく美味しい肉なので、じっくりとパリパリに焼き上げようと、今は話半分に肉の方へ集中している。
一度聞いた〈北禅国〉の現状が語られる。
実際に傷ついた行成の姿と、兵士たちの恨みのようなものを目の当たりにしているハルカからすると、ひどく同情する話だ。
『なるほど。それでハルカの下で修行の日々というわけか』
「いえ。力を借りるために王国の女王の下へ」
『なぜ復讐に他人の手を借りる? お前が強くなればよかろう』
「それでは、時間がかかるでしょう」
『何がいけない』
「一刻も早く父上の敵討ちをし、ついてきてくれた家臣たちに報いなければなりません」
『それは他人の力を借りてまでなすことなのか?』
「必ずや」
孤高であり強大な力をもつ真竜ヴァッツェゲラルドには行成の言うことは今ひとつピンとこない。
『仮にそうだとして、ならばなぜハルカの力を直接借りぬ。こやつが本気を出せば島の一つくらい消し飛ばすことができよう』
いや、そうなればあの海竜が文句を言いに出てくるだろうから、実際には難しいかもしれないとヴァッツェゲラルドは内心で思うが、意見は翻さない。
「ハルカ殿の手を借りては家の再興がままなりません」
『わがままなやつめ。復讐が成功した上に地位を求めるか』
「わがまま、でしょうか?」
『そうじゃろう。そもそも家というのはなんだ』
「北城家は、数百年に渡り代々〈北禅国〉を治めてきた名家です。私の代で血を絶やすわけには……」
『他で子作りすればよかろう』
「〈北禅国〉を治める北城家として残すことこそが大事なのです」
全く理解できない価値観に、ヴァッツェゲラルドは鼻を鳴らす。鼻息が炎を揺らし猛らせたので、ハルカは慌てて肉を少しばかり持ち上げた。
『やはりわからんな。それにお前の言葉には熱があるようで純がない』
「純、とはなんでしょうか」
大門はハラハラしながらも時折口を挟みたそうにしている。主の言葉を否定されることや、侍としての本分を否定されることは悔しかったが、冷静に話を続ける行成を遮ってまで訴えることではない。
『受け止めた方がビリビリとくるような……、言い換えるならば、それそのもののような……。狂気と言い換えても良い。つまらぬぞ、若いうちからそのように器に収まるようでは』
ヴァッツェゲラルドの言葉は曖昧であったが、なぜだか行成の心を揺さぶった。良い父と良い家臣に囲まれて育った。こうあるべきだという教えに疑問を持たずに、今もそれに沿って動こうとしている。
己の器量を試したことは未だない。
しかしそれほど大きなものであると思ったこともなかった。
フッフッとヴァッツェゲラルドは笑う。
行成のことなんてもう見ていなかった。
とんでもない力を秘めているくせに、真面目腐った顔で肉を焼いているハルカの横顔を見ての思い出し笑いである。
『そこのハルカをみよ。澄ました顔をして無害そうなふりをしているがな、仲間が殺されたと勘違いした時は大変だったぞ。泣き喚いたかと思ったら、天を割り、万象を乱し……』
ハルカが手を止めて振り返りヴァッツェゲラルドを見つめると、肉を食べていたはずのナギも、口の周りを血まみれにしたまま、珍しく攻撃的な唸り声を上げた。
ヴァッツェゲラルドはぴたりと言葉を止めると、縦長の瞳孔が収まっている目をまんまるに見開いて、ほうっと息を吐いた。
また炎が揺れて、飛んだ灰が肉に被さる。
ハルカもまた小さなため息をついて、ヴァッツェゲラルドから炎を守るように障壁を張った。
『ハルカよ、あれが怒ったぞ。お主のために我を威嚇した。図体ばかりと思うたが、中身もちゃんと成長してるんじゃな』
「あまり嫌なことばかり言われると、足が遠のくので少し控えてください」
『そう怒るな』
響く声のトーンが落ち込んだのがわかると、それ以上責める気にならないハルカは「怒ってませんよ」と返事をした。
『さて、なんの話じゃったか』
「器量の話をしていました。もし、足らぬと思うのであればどうしたら良いのでしょう」
『知らぬ。生憎我の下に辿り着くものがそんな悩みを抱えていたことはないのでな』
尋ねる時点で器量不足。
そうなじられているような気がして、行成は「失礼いたしました」と言って頭を下げた。
「命を落としかけてなお、逆境に立ち向かえる行成さんは十分立派です」
肩を落とす行成に、ハルカが慰めのような言葉をかける。言葉に嘘がないことがわかっていたが、今の行成はそれだけで能天気に気分を上向きにすることができなかった。
「ありがとうございます」
取り繕って礼を言ったが、ハルカは、そして側から見ているエニシも、心配そうな表情を浮かべる。
うまく誤魔化すことすらできない自分にガッカリしながらも、行成は肉を焼き、食べ、早いうちに体を横にして休めることにした。
生涯で何度と味わえないであろう大型飛竜の肉も味なんかしなかった。
本当に叶えるべきことは何か。
ヴァッツェゲラルドの言うとおり欲張りなのだろうか。
そんな葛藤を大門相手にすら吐き出すことができず、行成は悶々と眠れぬ夜を過ごすのであった。





