寂しがり屋の竜
エニシはやや俯き視線を右往左往させている。
イーストンは腕を組んだままやや首を傾けて停止中。
どちらも大門の確信のこもった返答に疑問をおぼえているようだった。
ハルカが仕方なく自身の意見を伝えようと行成を見たところ、行成もまたハルカたちの反応を窺い、顎に手を当てて何やら考え込んでいるところだった。
ハルカが少しばかり言葉を発するのを待っていると、珍しくナギが低く大きな声でうなった。雷でもなったのかと思って空を見ると、雲の下に大きな影が映り、すぐにその背中が見えてくる。
『ちょうど近くをうろついていたから迎えに来てやったぞ』
ナギをシャープにしたくらいの大きさのその竜は、大竜峰の主であり、風の真竜を名乗るヴァッツェゲラルドであった。ほかの真竜たちが若いと言う通り、話し言葉こそ老人のようであるが、常々暇そうにしており、ハルカたちが来るのをいつも歓迎してくれる。
なんと今日は態々お迎えにまで出向いてくれたらしい。
大事な話の途中だったが、驚く行成たちに続きを促すのは難しそうだ。
『ナギよ、ついてくるが良い』
飛行速度をぐっと上げたヴァッツェゲラルドに、ナギもぐっと首を伸ばして何とか後に続こうとする。少しばかり距離を離されたかと思うと、やがてヴァッツェゲラルドはナギが頑張れば並走できる程度の速さまで減速した。
『うむうむ、それなりに成長しているようじゃな』
ヴァッツェゲラルドからすれば、ナギは近所の子供のようなものだ。
才能が有りそうな卵を見つけたので、拾って自分の所で育てようとしていたところ、ハルカたちと出合って預けた形である。
だから自分は師匠くらいの気持ちで力試しをしてやっているわけである。
一方ナギはというと、ヴァッツェゲラルドが昔言った『食べるために拾った』という冗談を半分以上本気だと思ってるので、この真竜のことが苦手である。というか、ヴァッツェゲラルドのせいで、じぶんより大きな真竜たちを怖がっている節すらある。
だからヴァッツェゲラルドの上機嫌な言葉に対しての反応は薄めだった。
ぐるっ、と小さく喉を鳴らして嫌だなぁ、怖いなぁ、という顔をしている。
ヴァッツェゲラルドという真竜は、元から勝手な竜なのでそんなことには気づかない。
そんな性格をしているから、クダンに尻尾を切られるし、ハルカを本気で怒らせることになるのであるが、今更性格は変わらないのであった。
予定よりも早く大竜峰の頂上に着くと、そこには大型飛竜が狩られて置いてあった。ヴァッツェゲラルドがハルカたちの来訪を察して準備しておいたごちそうである。
ハルカは、スルーして〈ネアクア〉を目指さなくてよかったなぁとひそかに思う。
肉を少しばかり分けてもらうために魔法で斬り分けている間に、エニシが足を震わせながらヴァッツェゲラルドに挨拶をしている。
「我はエニシと申すもの。真竜のヴァッツェゲラルド様にお目通りすることができて光栄の至り」
『ほうほう、何やら力を持った女子じゃな。殊勝で大変良いことじゃ』
「元は巫女総代として神龍様にお仕えしておりました」
『ほう、あの海の真竜のか』
「海の神龍とは?」
『うむ。あれも我と同じ存在じゃろう? ほれ、あのハルカは会ったことがあると言ったな』
名前が思い出せずに唸っているヴァッツェゲラルドに、肉を斬り分けて戻ってきたハルカが合の手を入れる。
「グルドブルディン様ですか?」
『ああ、そうだ』
「ついこの前ラーヴァセルヴ様にもお会いしましたよ」
ヴァッツェゲラルドは少しばかり身動ぎをした。
『あれはなかなか縄張り意識が強いだろう』
「言われてみればそんな気もします」
『お主のような魔素の乱気流が乗り込んで、良く攻撃されなんだな』
「変なのが来たから殺すところだったと言われました。でも話せばわかってくれましたよ」
『……前にもまして呑気になったな、主は」
「ヴァッツェゲラルドさんはいきなり攻撃してきましたから、それに比べれば」
『前にも言ったが、お主、意外と根に持つのう』
「それだけ衝撃だったんです」
『人の大事な尻尾をちぎったんだからお相子じゃろうが。むしろ我の方が一方的に痛い目をみた』
「そのあと治しましたから」
一度夜にのんびりと会話をしたおかげなのか、それとも初対面の時に本気で殺してしまおうと思った相手だからなのか、ハルカはなんとなしにヴァッツェゲラルドに親しみを持っている。
あちらもまたそんな調子なので、ハルカとこの真竜の関係は意外と気楽なものだ。
だからといって気軽に拠点まで遊びに来られるのも困ってしまうのだけれど。
「ところで、やはり【神龍国朧】の神龍様は、ヴァッツェゲラルドさんたちと同じ真竜なのでしょうか?」
『そうじゃな。ちょっと挨拶に行っただけでひどく威嚇されたわ。ラーヴァセルヴよりも縄張り意識が高く、攻撃的なやつじゃった』
「あちこちにちょっかい出してるんですね」
『暇じゃからな。我ならば本気を出せば一日ちょっとで行って帰ってこれる距離じゃ』
真竜が暇とか言ってていいんだろうかと、疑問に思いながらハルカは火を準備して肉を焼き始める。残った肉の前で佇んでいるナギに「食べていいですよ」と声をかけると、相変わらず少しヴァッツェゲラルドの方を警戒しながらもぐもぐと食べ始めた。
「体が大きいから大変ですよねぇ」
『お主のように小さいと、人に紛れることができて楽しそうじゃな。まったくもって羨ましくて仕方がない』
「僕もこの山で一人で暮らせって言われたら退屈しちゃいそうです」
『じゃからもう少し顔を出せと言っておるのだ』
「クダンさんにあったら言っておきますねぇ」
『最近あ奴は何をしておるのだ』
「顔を見ないので南の方にでもいるんじゃないですかねぇ」
ヴァッツェゲラルドは尻尾をずりっと動かした。
昔の戦いを思い出して無意識のうちの動作である。
苦い思い出から目をそらすためか、ヴァッツェゲラルドはようやくこれまで声をかけてこなかった二人に目を向けた。
『して、その初めて見る二人はどこの誰じゃ』
「【神龍国朧】は〈北禅国〉よりやって参りました、北城行成と申します」
「その家臣、大門雷行と申す」
『ふぅむ〈北禅国〉……』
意味ありげに呟き沈黙し、ヴァッツェゲラルドは首をひねった。
『知らぬな』
ヴァッツェゲラルドからすれば、数百年の歴史があっても【神龍国朧】の一国の話である。その規模を考えれば耳に入らないのは無理のないことであった。
そこから来た二人が微妙な気持ちになることなど、ヴァッツェゲラルドにとっては知ったこっちゃないことであった。





