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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
北城家の未来

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色んな側面

 出発前にということでハルカはナギに乗り、港建設予定地へ向かう。

 同乗者はアバデアたち一行と、リョーガにレジーナだ。

 山ほどの生活物資を積み込んで、本格的に港づくりの開始だ。

 本当はハルカも手伝いたいところなのだが、行成の用事を済ませるまで、とりあえず前準備をしてもらっておくことにした。重いものの運搬などを戻ってきたときにまとめて済ませる予定である。

 仮にハルカたちが手伝ったとしても、港を作り船を作り上げる頃には、季節もすっかり変わっていることだろう。

 あまり急ピッチで進めて失敗があっても仕方がない。


 昔はともかく、今ではすっかり森の中にある場所だ。到着してアバデアたちが荷ほどきをしている間に、ハルカは村の周囲をぐるりと回り、魔法で地面を盛り上げながら壁を形成していく。

 金属をはらんだ壁は魔物の突撃にも耐えることだろう。

 一瞬、ノクトが懐かしんでいた大岩のあたりもと考えたけれど、結局手をつけずに街の外にそのままにしておくことにした。あの場所を懐かしむのはノクトだけだろうし、自然の中にそのまま残しておく方がよい気がしたからだ。

 岩に向かって目を閉じて手を合わせ、心の中で村を使わせてもらいますと挨拶をする。

 もちろん何も反応はなかったけれど、ハルカは目を開けてからもしばらく大岩を見上げて黙って立っていた。


 ノクトがまだ若かりし頃の後悔の証。

 昨日の夜のように時折厳しく注意をしてくれるのも、自分と同じような苦い経験をさせたくないからである。

 ハルカもそれを十分に理解しているから、昨晩の話を思い出して心に刻み込む。


 厳しくするのは苦手だ。

 でもそう逃げてばかりはいられないことも分かっている。

 どこまで行っても気が重い。

 もしかしたらみんなこんな思いを乗り越えて生きているのだろうかと考え、余計に自分が駄目なやつのように思えてしまう。

 こうして少しずつ気が沈んで、いつしか殻に籠るようになってしまったハルカだったが、今日は一人きりでも首を振って表情を引き締めた。ぱちぱちと頬を手でたたき、耳のカフスを数度撫でて空へ飛ぶ。


 もう立ち止まっていいような立場ではない。

 自分には大きすぎる責任だけれど、だからこそ成長しなければいけない、という心構えだけは持つようにした。どんなに意気込んだところでやっぱり不安で仕方がなかったけれど、ハルカはそれを誤魔化すように壁づくりへと戻っていった。


「壁、大体できましたけれどどうでしょう?」


 もどって荷ほどきを済ませた仲間たちに確認すると、リョーガが壁をペタペタと叩きながら歩き、やがて感嘆したように呟いた。


「丈夫でござるなぁ。ハルカ殿ならば正真正銘一夜城も築けそうでござる」

「なんだそれ」


 一緒にいたレジーナが暇だったのかリョーガの言葉に反応する。


「うむ。【朧】ではな、国境に一晩にして城を築き上げた名将がいたのでござる。木材を組み立てるだけの状態にして、水を利用し運び組み上げたのだとか。一夜どころかものの一時間でこのような立派な壁を作られては、戦の常識も何もあったものではないでござるが」

「んなもん壊せばいいだろ」

「近寄らせないための城でござる」

「矢なんて叩き落とせ」

「同じくらいの実力者があちらから出てきて足止めされたらどうするでござる?」


 レジーナは不満そうにぶすっとして黙り込んだ。

 味方側に一騎当千がいるのならば、敵側にだっていてもおかしくないのだ。

 そんな強者同士がやり合っている間に、一般の兵士たちが敵側の陣地を占領することも、【神龍国朧】の戦では珍しいことではない。


「しかし、つくづくハルカ殿の魔法は驚異的でござるな。一人で一国をやすやすと攻め落としそうでござる」

「落として何の意味があるんだよ」


 ハルカが何かを言う前にレジーナが言い返す。

 【神龍国朧】で日々鎬を削る父親たちを見て育ったリョーガからすれば驚きの発言だ。思わず目を丸くして黙り込んでしまったが、ややあってから「確かに、そうでござるな……」と呟いた。

 これまで少しばかりの時間を一緒に過ごしてきたけれど、ハルカには我欲がほとんど見えない。飛び込んできたものをなんでも守ろうとする優しさ、昨晩のノクトに言わせれば、甘さがある。しかしそれも基本的には仲間たちが目を光らせていて、完全に利用されるようなことはなさそうだ。

 もしハルカが欲深く、世の全てを思い通りにしようとするような人柄をしていたら。とんでもない混乱が起こっていたことは間違いないだろう。


 ノクトはハルカのことを甘いと言った。

 それは弱点であると同時に美点であるとも言った。

 その意味をリョーガもおぼろげに理解する。

 そして、扱いに気を付けるべき劇物であることも悟った。

 国を活かす薬になるのか、亡ぼす毒となるのかは、関わる人次第である。


 リョーガが考え込んでいると、コリアがひょっこりと横から顔を出す。


「ハルカ。前に切っといた木を壁の中に運んでもらえるか? できるだけ早く門を作りたいし。あ、あとこれくらいの大岩、どっかにあったら見つけただけ港の方に運んどいてくれ。できるだけ平らなのが良いな。桟橋の土台にしたい。あとだな、おい、キーグ、あと急ぎで何がいる?」


 弟のキーグが小さな声でコリアに必要なものを告げると、それをコリアが声を張り上げて伝える。


「砂利だ、砂利! 岩を細かく砕いてくれてもいい。岩と岩の隙間を埋めるのに使いたい。それにできるだけまっすぐな木も切れたら……」

「コリア、張り切りすぎじゃ。今日だけじゃ無理じゃろ」


 アバデアが宥めると、コリアは唇を尖らせ首を僅かに傾ける。


「こんな壁作れるならいけるんじゃないのか? 忙しくなるぞ。ハルカ便利だから出かけるのは他のに任せてやっぱり手伝ってくれないか?」

「すみません、流石に私が行かないと……」


 エリザヴェータはノクトが行けば満足かもしれないけれど、全て任せてしまうのはハルカの気が済まない。


「くそー、折角今やる気がみなぎってるってのに。できるだけ早く帰ってきて重いもの運んでくれよ」

「はい、できるだけ早くですね」


 コリアは「ああ忙しい忙しい」と言いながら、海辺の方へ走って去っていく。

 心配事がなくなって、海関係の仕事ができることが楽しくて仕方がないのだろう。

 しかめっ面の早口はその照れ隠しだ。


「元気な御仁でござる」

「すまんな、張り切ってうるさくて」


 ハルカを危険な存在だと認識していたリョーガが、毒気を抜かれたようにその小さな背中を見送り、アバデアがひげをゴリゴリと撫でながら謝罪する。


「あれくらい言ってくれた方が分かりやすくていいですよ」


 王様だ責任だと気負うより、職人にあーだこーだ頼みごとをされるくらいの方が性に合っている。つかの間の息抜きと、ハルカは笑ってコリアの指令をこなすべく動き出すのであった。

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― 新着の感想 ―
確かにハルカって欲がないですよね。おいしいもの食べたいとか、それくらいで。ちっとも調子に乗らないところはすごいと思う。
一夜で城を作るどころか、ファイア―ボールだけで城を落とせそう。
立場が人を作る⋯⋯きっとハルカは良い王様になるよ
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