しょんぼり
夜の集まりは緩いものだ。
ハルカなんか日によっては酒を飲まない時もあるくらいで、各々が好きなペースで寛ぎ、ぽつりぽつりと話をしている。
単純に大人たちの時間というだけではなく、夜の方が元気であるイーストンやカーミラと話すには、このくらいの時間が丁度良いという側面もあった。
先にハルカとノクトの師弟。それに吸血鬼組が二人と、エニシとリョーガの【朧】出身者の六人で話していると、珍しくやや遅れて大門が合流する。なんとさらに珍しいことに今日は行成を連れてきたようだった。
軽く挨拶を交わすと、ノクトが二人の分の酒も用意してやり、何か言いたげな表情を無視してハルカに話の続きを促す。
今日の話のお題は、【ロギュルカニス】での十頭殺しの考察だ。
ハルカは気にして行成の方を見ていたが、ノクトはあえてそれを無視したし、イーストンも、侍であるリョーガですらそれに便乗する。
何か大事なことを言おうとしているからこそ、こちらから水を向けるのは違うだろうという判断であった。
ハルカは気にしながらも話の続きをはじめる。
全体の動きを把握するため、改めてハルカが当時の状況を時系列順に説明し、途中でノクトやイーストンがああだこうだと突っ込みを入れるような形だ。
結局殺されたブッカムの死因が溺死だったのは、カティ側の誰かがハルカの魔法を見ていたからだろうということで話は一段落。
やっぱりカティはハルカに罪を擦り付けようとしていたのだろうというのが結論だった。
「魔法を使わずとも陸で人を溺死させる方法なんていくらでもありますからねぇ」
「そうでござるな。例えば厚手の布を顔にかぶせて……」
「あまり聞きたくないわ」
「そ、そうでござるか?」
リョーガが得意げに説明をはじめようとしたのをカーミラが止める。
ハルカがうんうんと頷くと、ノクトは悪戯っぽく笑って「そう言わず」と説明をはじめようとする。
弟子に対して、そういったものがあるという事実を伝えるべきだという、師匠なりの考えである。ただでさえ問題ごとに巻き込まれやすいのだから、人の陰謀めいたものに関して少しくらい詳しくなっておいても損はない。
決していじわるだけで話そうとしているわけではない。多分。
「あの!」
行成が緊張した面持ちで声を上げたことで、ノクトのいじわるは止められる。
「実は聞いていただきたき儀があるのですが、よろしいでしょうか」
ノクトはちらりとハルカの顔を確認してから、乗り出していた上半身を障壁に預けだらりとした格好に戻る。
この場はあまり深刻なことを話すようなものではないが、勇気を出して声を上げたのならば邪魔するつもりもなかった。
「私たちがハルカ殿に保護していただき、早数十日が経ちました。体調も万全となり、近頃は〈北禅国〉の奪還について思惑を巡らせております。考えるに、時間はマグナスに味方いたします。かければかけるほど、地盤は固まり、雪辱を果たすことは難しくなるでしょう」
立ち上がって語り始めた行成の話を、ハルカたちは黙って聞いている。
ハルカは行成の言葉をもっともだと思う反面、かなり焦っているような印象も受けた。
何かを強く心に決めた顔。ただ、仲間たちからは、ここまで行成から相談を受けたという話は聞いていない。同国出身であるリョーガやエニシからもである。
「できるだけ早く【ディセント王国】の女王陛下に謁見させていただきたく存じます。なにとぞ」
行成は頭を下げてテーブルにこすりつける。
「もともとそういう約束でしたから、もちろんお連れします」
「ありがとうございます!」
もはや何かが決まったかのように喜ぶ行成に、ハルカは表情を曇らせた。
交渉材料として、マグナスの身柄というものはある。
ただ、久々にエリザヴェータに会ってハルカが感じた印象として、彼女がそれだけで協力や派兵に頷くとは思えなかった。
言われずとも口添えはするつもりだが、細かなプランは一切聞かされていない。
「交渉などは、お任せして大丈夫ですか?」
「無論。そんなことまでハルカ殿に迷惑はかけられぬ」
リョーガが眉間にしわを寄せて口を開きかけたが、持っていたグラスにノクトが酒を注ぎに漂ってくる。
そうしてリョーガの前で、小さく首を横に振った。
納得いかないまでも口を結んだリョーガに、ノクトはウィンクを一つして元の場所へ戻っていく。
この話をするためにやってきた行成は、二日後の出発を取り付けて、大門を従えて自らの部屋へと帰っていった。
「困ったことがあれば早めに相談してください」
帰り際にかけたハルカの言葉に、行成は元気に返事をして帰っていったが、その言葉に込められた心配に気づいている様子はなかった。ハルカがもう少し積極的な性格をしていれば、具体的な忠告の一つや二つしたかもしれない。
二人が去っていった現場では妙な雰囲気が漂っていた。
「大丈夫でしょうか」
ハルカが独白してグラスを傾けると、カーミラは首をかしげる。
「なんだか……少し頼りないわね」
「焦っておるのやもしれん。ただ、何をどうと言われるとわからぬが……」
「ノクト殿、なぜ止めたでござるか」
カーミラとエニシが顔を見合わせていると、緊張した声色でリョーガがノクトに問いかける。
「もっと綿密に計画を立てて、周囲と相談するように、とでも言おうとしてましたぁ?」
「分かっているならば止める必要はなかったはずでござる。なぜ止めたでござるか」
「彼が現実を知り、何が必要かもう一度真剣に考えるべきだと思ったからです。敵討ちに何が必要か。命をかけることですか? 違います、成功させるための計画です。協力を取り付けるのに何が必要か。情熱ですか? 違います、実利です。わかっていないとは言いませんが、理解に欠ける部分があります。まだ失敗しておけるうちに失敗しておくのも大事だと思いませんか? 仮におんぶにだっこであることを自覚しないまま敵討ちに成功し、国を取り戻し、彼がする次の失敗にはよりたくさんの命が懸かってきますよ?」
ノクトとリョーガが見つめ合う。
エニシが気まずそうに目を逸らした。つい最近までの自分に説教をされている気分だった。
「……そうかもしれんでござる」
「ハルカさんも、あまり甘やかしてばかりではいけません。彼が実を見誤っている原因の一つはあなたにもあります」
「すみません」
「それがあなたの美点であることはわかりますけどねぇ。手に負える範疇はちゃんと見定めないと、いつか大事なものが指の隙間から零れ落ちるかもしれません。わかっているとは思いますが、気を抜きすぎてはだめですよ」
「はい、気をつけます」
最近は随分と見なければいけないものが増えて、ハルカ自身不安の種があちこちに落ちているような状況だった。いつどこで何が芽吹くとも限らない。
そんな危うさをノクトは注意したかったのだろう。
重たい空気となってしまった場で、ノクトは手酌でグラスに酒を注ぎ、ふよふよとリョーガの近くまで行ってその肩を叩く。
「さ、では話を戻して、陸で人を溺死させる方法について解説をしてきましょうねぇ」
「……だから、それは嫌って言ってるじゃない」
ハルカの美点に生かされてここにいる千年生きた吸血鬼のカーミラは、眉を顰めてノクトの話題切り替えに異議を申し立てた。





