北城行成の展望
北城行成はある日、大門に「重要な話がある」と呼び出されたことがあった。
家を残すだけであれば、ここか、ノーマーシーに土地をもらって住み着くというのも一つの手だと。北城という家を確実に残すのであれば、何も島へ戻り戦う必要はないのだと。
それを提案した大門の表情は明るく、まるで敵討ちを忘れてしまったかのようであった。よもや毎晩のように酒を飲み楽しく暮らすうちに平和ボケしたのかと、行成は一瞬怒りに震え目を見開いた。
大門の提案は正しい。
正しく、正しいだけだ。
そんな生き方をするくらいならば、船に乗ったまま朽ち果てたほうがまだましだと思うのが、【神龍国朧】の戦士である。それを行成に教えたのもまた、大門であったはずだ。
行成は一度深呼吸して頭を冷静にさせてから大門を観察する。
大門の唇の端は無理やり釣り上げたものなのか痙攣しており、よく見ればその奥歯はぐっと噛みしめられ、拳は固く握られていた。
「大門よ、そうしたときお前はどうする」
沈黙。
都合の悪い答えを持っているが、嘘をつきたくないがゆえの黙秘であった。
「どうせ他の者たちをまとめて、自分たちだけで敵討ちへ行って散ろうとでも思っているのだろう」
大門はやはり答えない。
ハルカと交渉し、この場所でしばし過ごした大門は【竜の庭】の強さと、その勢力範囲を知っている。様々な破壊者たちの多様さ、強さもなんとなくわかる。
そして、ハルカに強く頼み込めば行成一人くらいなら二つ返事で引き受けて、悪いようにしないであろうことも想像がついた。
ならば、死ぬのは自分たちだけでいい。
失敗しても主と共に死ねなかった不忠者が、誰にも知られず朽ち果てるだけだ。
北城家は残る。
行成が生きている限り、その子孫が増えていく限り、北城家の血は絶えない。
「弱気になるな。私はやるぞ。確実に力を蓄え、絶対に島へ戻る。そのためならこの軽い首をいくらでも垂れよう。空手形の約束もしよう。ここでのうのうと生きていくことを選ぶのならば、それはもはや北城家の跡取りではない。恥ずかしくて北城の名を名乗ることなどできぬ」
「……それでも、わしは」
「くどいぞ、大門。私のことがそんなに信じられぬか。なに、私だって北城家の嫡男だ。経験の不足をお前が補ってくれれば、それなりの働きはしてみせる」
行成が大門を安心させるために浮かべた笑顔は、大門と同じく少しばかり引きつっていたが、それでも今は亡き先代の面影があるものであった。
大門はこうなるだろうと思っていた。
少しでも行成にためらいがあれば、ここに残すつもりだった。
迷いなく決意をしてくれた行成が誇らしかった。
行成を新たな主として心の底から認めることができて嬉しかった。
「はっ……」
大門は目を潤ませ、その大きな体をたたみ平伏する。
彼ら主従は、主が一方的に従を選ぶのではない。
先代の主の息子であるからこそ大事な若であるが、主として足るかどうかは従も新たに見極める必要があるのだ。
彼ら主従の関係は、この時改めてゆるぎないものとなったのである。
これらのやり取りはハルカたちが留守の間に行われたことであったが、それ以前もそれ以後も行成はずっと頭を悩ませていた。
やるからには勝たねば。
命を張る覚悟があるとはいえ、それは大門のように父に殉じて名誉ある死を選ぶということではない。主がやるべきことは、従う者たちをうまく使い、導き、活かすことである。
あの島は堅牢な要塞であり、船一隻でどうにかなるような代物ではない。
内部からの手引きがあればまだしも、敵対状態で接岸を試みても、海の藻屑となるだけだろう。
とはいえ、落ちのびた行成に協力するものを見つけるのにはひどく苦労することだろう。
ハルカたちに手を貸してもらえば容易いことである気もするがこの戦は、ただ勝つだけでは片手落ちなのだ。
住民と不本意にマグナスに従っている兵士たちの心を、戦を通じて行成の方へ傾け直さなければならない。ハルカがいくら活躍したとて、それは行成の手柄にはならないのだ。ハルカが島を離れて暫くすれば、行成を侮ったものにより再び反乱がおこりかねない。
必要なものは威容。
ハルカの手を借りることは計算に入れるとしても、その戦いの全容は北城行成が主、ハルカが手を貸した、程度の印象になるようとどめなければならない。
であれば、分かりやすい力として、大船団が欲しい。
北城の旗をなびかせた船を海に浮かべ、住民たちに北城行成が帰ってきたことを知らせるのだ。
十分な勢力を持っていると知って初めて、住民や兵士たちも、内通の意思を示してくれることだろう。
船団は【ディセント王国】から借りる。
臣従するわけではないが、貿易で十分な益を示すことはできるだろう。
また、今島を占拠しているマグナスは【ディセント王国】にとって非常に面倒くさい存在だ。そんなものがいて、領土を得ていることを【ディセント王国】は許すわけにはいかないだろう。
これまでずっと独立独歩でやってきた【神龍国朧】の国々だ。
他の大名であれば外部の侵蝕など許すはずもないだろう。
しかし北城家はすでにマグナスという外敵によって領土を奪われている。
どうやら〈神龍島〉でも変事が起こり、巫女総代であるエニシも帰還を切望している。これもまたひとつ、行成にとっては追い風となり得るカードであった。うまく使えば統治や他国への牽制になる。
あまり積極的にやりたくないことばかりであるが、今はとにかく恥も外聞も捨てて、どうすれば敵が討てて、国を安定させられるかを行成は真面目に考えていた。
大まかな流れを一人で考えながら待つこと暫く。
さらにハルカが帰ってきて数日。
行成はついに、大門が夜な夜な参加している夜の集いに同席させてもらうことにしたのであった。





