オタクの議論
翌朝拠点の広い敷地で集合したのは、魔法使いたちである。
ノクト、エリ、ハルカとユーリ、それにレオンとモンタナで輪になって地面に座っていた。モンタナは魔素が見えるので特別アドバイザーとしてハルカが連れてきたのだが、日向ぼっこ状態でゆらゆらと尻尾を揺らして目を細くしている。
若干一名ぷかぷかと宙に浮いているけれど、この見た目が子供の老人はいつもこんな調子なので誰も突っ込みを入れない。
そんな中、エリが咳ばらいをして少しばかり緊張した面持ちでレオンに挨拶をする。
「昨日も挨拶したけど改めて。エリ=ヒットスタン、二級冒険者の魔法使いよ。いつか学園の魔法使いの話を聞いてみたいと思ってたの。夢は冒険者の学校を開くこと」
「冒険者の魔法使いって珍しいよね。レオン=スタフォード、オラクル総合学園をこの間卒業して、今はコーディ=ヘッドナート枢機卿直属の部下をやってるよ。ま、僕とテオドラしかいない部署だけど」
「お話しできてうれしいわ。有意義な一日にしましょう」
「うん、僕も冒険者の魔法には興味があるから」
「青春ですねぇ」
魔法使いの中でもかなり特殊な位置にいるノクトは、青空の下でのんびりと呟く。
どこにいてもこんな調子なので人からは舐められがちだが、世界でもっとも有名な治癒魔法使いであり、百年ほど前には【血塗悪夢】と呼ばれ、泣く子も顔を真っ青にして黙り込むほどに恐れられた冒険者である。
ただし、基本的には魔法の使い方は独学であり、普通からは逸脱しているのであまり建設的な話し合いはできない。
その横でうんうんと頷きながら、挨拶を交わす二人を見守っているのは、こちらも特級冒険者のハルカである。最速の昇級を果たし、今となっては〈オラクル教〉から最も警戒すべき冒険者として指名されている魔法使いだ。
それは【致命的自己】と呼ばれ、言葉を交わすことにも慎重になるよう指示されているユエルと同程度の警戒と表現すれば、どれだけのものかがわかるだろう。
ただしその本人は、非常に穏やかな表情で日常を満喫している。
「早速だけど、ハルカさんの魔法について。あれって冒険者が魔法を使っているのを見たり本を読んで学んだって言ってたけどホント?」
「……どうかしら。確かに本は読んでたようだけど、少なくとも冒険者登録を終えた直後には、訓練場で他の冒険者の詠唱をまねて何十発も魔法を放って周りから引かれてたけど」
ずいぶん昔のことであるが、ハルカは少し俯いた。
そういえば周囲がどよめいており、慌てて訓練場を後にしたのだったと思いだす。
魔法が使えたことが楽しくてつい浮かれてしまっていたのだ。大人としては恥ずかしい思い出なのであまり言及しないでほしい部分だ。
「うーん、ハルカさんって初めて魔法使ったのその頃でしょ?」
「そう……ですね。その数日前にちょっと使っただけで、ほぼその時が初めてでした」
そういえばラルフとの出会いを細かく聞いていなかったことを思い出したエリが、話を詰めていく。
「数日前? なにそれ?」
「あの、ラルフさんに出会った時ですね。湖でちょっと」
「なんで? 魔物でもいた?」
「いや、そのですね」
この辺りもあまり言及されても困ってしまう。
今や街の顔である支部長となったラルフの名誉にもかかわってくるので、あまり細かい描写はしたくない。
「森で迷子になりまして、何か食べるために火があったら便利だなと」
「豆魔法ってことかな? 詠唱は知ってたの?」
レオンの興味はやっぱり魔法についてだ。
豆魔法とは、あまり魔素を扱うのが得意でなくても使える小さな魔法のことである。学べばある程度は使えるようになり、小さな火や僅かな水を出せるようになるが、人と戦えるほどのものではない。
枯れ枝に火をつける程度なら役に立つ魔法である。
「……知りませんでした」
「じゃあどうやったの?」
「なんか、その、炎出ろと思って木の枝を持って念じたら炎が出まして、そこをラルフさんに見つかって街まで案内していただいたような形です」
内容を大幅に省略してみたハルカだが、エリはその逃げを許さなかった。
「まさか最初から無詠唱だったとか?」
「いえ『燃え上がれ』といったような記憶があります、多分ですが」
レオンが額を押さえて、エリが顎に指をあてて考え込んでしまった。
学問的な魔法使いから見ても、実践重視の魔法使いから見ても訳が分からないのだから仕方がない。
「……まぁ、ハルカさんはそんなだからいったん置いとくとして。ハルカさん、狼の魔物に襲われた時、勝手にウィンドカッターの詠唱に『増せ』って足してたよね。あれ、エリさんが教えたんですか?」
「教えてない」
「誰に教わったの?」
誰にも教わってない。
ただあの時必要だと思ったから、勝手に増やしただけだ。
ハルカが目を逸らすと、レオンがため息をついた。
なんだか怒られているような気分になって、ハルカは体を小さくする。
「冒険者の魔法使いの中にもそんな詠唱はないってことでいいですか?」
「ないない。冒険者の魔法って言っても、基本的には詠唱を変更することってあまりないから」
「ですよね。実は僕たちあの後ハルカさんの詠唱を真似してみたんです。よくできた詠唱であれば、それで魔法の数を増せるはずですから。でも、魔素効率が悪すぎて、とてもじゃないですが使用に耐えうる追加詠唱ではありませんでした。慣れてないせいもあるかもしれませんけど……。ってことはやっぱりハルカさんは、ただ単純に魔素を異常消費して無理やり変な魔法を使ってるってことになりますよね。…………今もそうですけど」
レオンはハルカの随分と上の方で光を反射しながらくるくると動き回っているウォーターボールを見上げる。なんとなくの肌感で魔素の動きを感じられるレオンやエリからすると少々落ち着かない。
それ以上に目に見えてよく感じるモンタナからすれば、それはもう大変な状況なのだが、すっかり慣れてしまっているせいか転寝ができるくらいには平常運転だ。レジーナもこれは同じである。
「無詠唱の仕組みも、使ってる人に聞いてもばらばらの答えが返ってくるからよくわからないんだ。冒険者の魔法使いの中では何か答えが出てたりします?」
エリはにっこりと笑う。
「それならわかる」
エリは答えると同時に片手に持っていた杖を立てて、先端に一瞬視線を向けると、
そこに小さなウォーターボールを生み出した。
レオンは目を丸くして、少しだけ身を乗り出す。
「すみませんが教えてもらっても?」
「んー……、ま、お互いに協力して情報を隠さないってことなら」
「いいですよ、もちろん」
レオンが提供できるのは学問的な魔法の知識と、実験や聞き取りといった過去の研鑽についてだ。学園に行けば誰だって手に入れることのできる情報である。実践的に魔法を使っており、まだまとめられていない話を聞けるのならば、そんなものは出し渋る理由はなかった。
レオンの感覚ではその程度、の情報であるが、実際はそうではない。
実のところはレオンが天才であるからこそ、本来秘匿されているような情報まで得る機会があったのであるし、この年齢でそれを瞬時に適切に引き出せる時点で異常なことだ。
魔法使いの神子と呼ばれたレオンは、正に頭の作りが常人とは違うのである。
「それじゃ、約束ってことで」
「はい、よろしくお願いします」
二人の魔法使いはガッツリと握手を交わす。
魔法の基礎のお勉強をするはずだったのにおかしなことになってしまっていた。
ハルカはユーリを膝の上に抱きながら、まぁ、こんな交流も大事だなと右から左、左から右へと流れていく議論を、なんとなく頭の中にとどめおくのであった。





