約束の続き
「なぁ、俺たちもハルカのとこの破壊者に会わせてくれんの?」
テオドラはハルカが穏やかな性格をしていることを知っている。そのハルカが大丈夫だと言う相手なのだから、自分が会ったところで危険はないだろうと考えていた。
だったらその背中は好奇心に押されるに決まっている。
「いいですよ。でも〈オラクル教〉の皆さんには話していないので、口を滑らさないようにだけ気をつけてください」
「大丈夫だって」
子供に言い聞かすような言い方に、テオドラも雑に返事をする。少なくともコーディが信用して送り出しているのだ。適当に見えても迂闊なことをするタイプではない。
「コーディさんはどこまで知ってるの?」
レオンの問いかけに、ハルカ自身朧げな記憶を辿ってみるが、どこまで話したものかよく思い出せなかった。
「基本的には会った時にある程度のことは伝えていますね。最後にヴィスタに行ったのが随分前なので……、二人の方が状況を把握しているはずです」
事情を記した手紙をしたためたとして、それを他人に預けるのはあまりにもリスクが高い。
この拠点にも竜の世話のために、飛竜便屋さんこと、ドラグナム商会から人が派遣されてきているが、そちらには情報を共有していない。
彼らは竜を愛する善良な人々だが、ハルカたちの事情を共有しておくと、いざという時にはむしろ迷惑をかけることになる。
信用はしているが、少なくとも今やるべきことではない。
レオンはコーディがあまりに情報をよこしてこなかったことに少しばかり腹を立てていたが、状況が刻々と変わっていることを考えると、何も伝えなかったコーディの判断も間違いではないような気がしてくる。
「なるほどね。ま、今は僕たちの方が詳しいってことで」
情報的な優位をとったことで、ひとまず溜飲を下げたレオンである。
その後もぽつりぽつりと湧いてくる質問に答えながら、ハルカたちはゆったりとした時間を過ごす。
モンタナが目をこすりながら立ち上がると、合わせてコリンも席を立った。
「そろそろ寝よ」
そう言って肩をつつけば、アルベルトも大欠伸をしながら立ち上がって体を伸ばす。
「じゃ、又明日な」
「おう、またな」
アルベルトはコリンと連れ立って、通りすがりにテオドラの背中を叩いて食堂を出て行った。
「おやすみです」
モンタナも小さな声で就寝の挨拶をすると、アルベルトが押し開けた扉の隙間にするりと体を滑り込ませる。
そうなると自然とハルカの意識は年若い双子の方へと向く。良い子はそろそろ休む時間だ。
「二人もお疲れでしょうから今日はもう休んでください。部屋へ案内します」
ハルカが立ち上がると、テオドラとレオンは顔を見合わせてから同じタイミングで席を立つ。
詰め込まれた情報のせいで、頭が興奮していてあまり眠たくなかったが、心も体も多少疲労しているような気はしていた。
ここで無理をして体調を崩して、やっぱりまだまだ子供だなぁと暖かい目を向けられるのはごめんである。
二人とも、役に立つためにここにきたのであって、足を引っ張りにきたわけではない。
食堂の大きな扉を押さえて双子が通り抜けるのを待っているハルカを見て、テオドラが吹き出してレオンの腕を肘で突く。
本当はエスコートされる側よりする側になりたいレオンの内心を知ってのちょっかいだった。
ただ、レオンは今日の話を聞いて、相変わらずハルカが規格外の活動ばかりしていることがよくわかったし、無理に背伸びをして見せようとも思っていない。
テオドラのちょっかいにはまるで動じずに、スマートに礼を言って扉を潜り抜けた。
用意された双子の部屋は隣り合っている。
テオドラは挨拶をするとさっさと部屋へ引っ込んだが、レオンは扉を閉めずに少しだけ待っていた。
背筋を伸ばしてみれば、今のレオンはハルカと視線がちょうど合うくらいにまで背が伸びた。
「どうしました?」
黙って見つめてくるレオンに、ハルカは首を傾げる。
レオンはハルカと見つめ合うことで、自身の成長を感じるとともに、ハルカの表情が随分と変化するようになったことに気づいた。
いつまでも見つめていることが失礼だとよくわかっているので、レオンは少し表情を緩めて首を振る。
「ハルカさん、あれから魔法の基礎勉強した?」
「あ、いえ、ちょっとその、忙しくてですね」
とんでもない偉業を成し遂げているくせに、言い訳をするように言い淀むハルカが面白くて、レオンは思わず破顔した。
「じゃ、明日から時間ある時勉強しよ」
「すみません、お願いします。実は楽しみにしていました」
魔法について本で学び、時折エリやノクトに尋ねることはあるけれど、学術的な見解を聞いたことはほとんどない。
できるからやる、便利だからやる、有用だからやる、ではなく、なぜそうなるかという部分に対する知識がハルカや冒険者たちにはぽっかりと欠けている。
だからこそ、初めの頃にレオンとした約束はハルカにとっても楽しみなことであった。
「うん、僕も楽しみ。それじゃ、又明日」
レオンはこれから始まる新しい日々に不安もあったが、それを上回るほどの期待を胸のうちに抱えてベッドに潜り込んだのであった。





