何を守るのか
モンタナのように人を見てもその人の内心を読むことはできない。
だけれどハルカは今、じっとレオンとテオドラの表情を見て、続きを話すことに決めた。ここまで来たら今更であるし、二人とも面白がったり考え込んだりはしているようだけれど、その中に嫌悪感のようなものは見えない、ように思えた。
「当時の世界は、今よりもずっと人族が多くの都市を抱えていたようです。人族は魔素を動力とした魔道具を作り、文化を発展させていたとか。当時、ブロンテスさんとその仲間たちもまた、魔道具や魔素に関する研究を続けていました。そんな中彼らが生み出したのが、魔素を蓄えることのできる魔道具です」
「……宝石には魔素を蓄える力があるって聞くけど、それを発展させたようなものなのかな?」
学者肌というか、未知の知識に興味があるレオンが、情報に引きずられてぼそりと呟く。ブロンテスと話をする機会があれば、さぞかし盛り上がることだろう。
「詳細はわかりかねますが……。とにかくその技術を発表した彼らの一部は、主流である人族の社会に入り込むことに成功しました。ブロンテスさんはその体の大きさもあって、巨釜山にとどまったそうですが」
この時点でレオンたちにとっては聞き馴染みのない話になっている。
人族は破壊者たちによって追い詰められたのだから、破壊者が人族の社会に溶け込む、という表現はおかしな話なのだ。
それではまるで、世界を席巻していたのが人族のように聞こえてしまう。
「魔素を蓄える魔道具は、他の魔道具の出力を上げることに成功しました。人族は次々と魔道具を生み出し、それを戦争に利用したそうです」
「……それだと、どこかに人族の大きな国がないとおかしくない?」
レオンはハルカの話を否定するのではなく、ただ疑問点を口にしただけのつもりだった。それでもその口調のどこかには、信じられないという気持ちも多少乗っている。
これまでの教えが全て本当ではないのだろうと思っていても、話が根底から揺らいでくるとなると、無意識的に心が自己防衛に動いたのだろう。
良くない尋ね方だったと気づいたレオンは、不安そうにハルカを見るが、ハルカも困ったような顔で笑っているだけだった。頼りないながらもハルカも大人であるから、初めから全てをすんなりと信じてもらおうと思っていない。
むしろ上々の手ごたえを感じているくらいだ。
「はい、他にも理由はあります。実は強い魔素を浴び続けると、生き物というのは変質するのだとか。戦争に使われた魔道具は、魔素を集め、消費する際にばらまきます。そういった道具が各地でたくさん使われた結果、街は荒廃し、魔物が増えました。破壊者の中にも、凶暴化したものがいたとか。それこそ、ここに山ほどいたアンデッドもその犠牲者です」
「それが本当なら、人族は勝手に暴れて、勝手に追い詰められたってことになるね」
魔素が生き物を変えるとか、魔道具でアンデッドがとか、聞き捨てならない新情報が山ほどあったが、レオンは知識欲をいったん横に避けて、ハルカの言葉を理解することへ労力を割いた。
歴史もよく学んできたレオンからすれば、ハルカの話にはいかにも説得力がある。
人はいかにも欲が深い生き物だし、ここ数百年だけでも国土争いで数えきれないほどの戦争が起こっている。
「もしかしたら、戦争や大量発生した魔物やアンデッドから逃れようとした人が集まってできたのが【神聖国レジオン】なのかもしれませんね。初めのうちはどうしていたかわかりませんが、厳しい環境で手を取り合い生きていくために、共通の意識のようなものが必要だったのかもしれません。それが破壊者への敵視であるとすれば、それは仕方のないことであったようにも思うのです」
「破壊者たちの王様してんのにそんなこと言っていいのかよ」
ちゃんと理解をすることはレオンに任せて、なんとなく話の流れを追いかけているテオドラが突っ込みを入れる。
「その当時の話ですから」
やっぱりハルカはやんわりと笑って答える。
人を種族として見るのであれば、自らの罪を破壊者というくくりを作って彼らに押し付けているだけだ。許しがたい所業であると断言できる。
ただ当時の状況なんてわからない。
〈オラクル教〉がいつできたのかをハルカは知らない。
できたときにどんな状況であったのかも知らない。
例えば訳も分からないまま、戦争から這う這うの体で逃げ出してきた人たちがいたとする。その人たちの子供や孫は神人戦争の加害者であるかと問うと難しいところだろう。
彼らの先祖の誰かは何かしらで関わっていたかもしれないけれど、その結果生き残った人たちが得たものは何もなかった。人口が激減するほどの、誰も得をしない戦争だったのだ。
今更責めても何もできない。
ハルカがすべきことは、世界中に広く信じられている〈オラクル教〉の全てを悪と断じて戦うことではなく、そのうちの一部である、破壊者への解釈を改めさせることである。
最悪それは数百年先のことになっても構わない。
「すぐに色々と変化を求めるのは難しいでしょう?」
「そうだろうね。数百年当たり前ってされてきたことだもん」
レオンは顎に指をあてて、正直な言葉を口にする。
慰めの言葉が欲しかったわけではないから、ハルカもそれに深く頷いた。
「だからこそ私たちに今できることは、〈混沌領〉に暮らす破壊者たちと、神殿騎士の方々を接触させないことだと思うのです」
「……まだまだ聞きたいことは山ほどあるけど、分かったよ。僕もハルカさんに同意見。微力だけど……、コーディさんの名前とか立場をうまく利用して協力するよ」
「ありがとうございます。わかってもらえると思っていましたが……、安心しました」
「僕はここまで大きな話だと思ってなかったけどね」
予想だにしない話ばかりが飛び出してきてすっかり疲れてしまったレオンだったが、気の抜けた顔をするハルカにつられて、ついに肩の力を抜いて椅子の背もたれに体を預けるのであった。





